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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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【席を譲られて】

2009.2.16 

中村桂子館長
 先日、ほとんど同い年のお友達(両国にあるシアターXのプロデューサーである上田美佐子さん)と一緒に中央線に乗りました。おしゃべりをしながら吊革につかまったら、なんと、眼の前の男性・・・男の子と呼びたいような若い人でした・・・が席を立って「どうぞ」と言ってくれたのです。あまりに思いがけなかったので「えっ。席を譲っていただけるということ?」と少々大きな声で言ってしまいました。もしかしたら少々ではなかったかもしれません。周囲の人には笑われ、譲ってくれた若者もちょっと苦笑い。ここで結構などと頑張ってはいけません。どうもありがとうと心から感謝し、私より遠くまで行く上田さんに坐っていただきました。初体験です。おしゃべりを楽しんでいたので、席のことなど考えていなかったのに・・・。譲らなければいけないと思わせるペアだったのでしょう。それだからと言って、今度電車に乗る時に、キョロキョロ席を探したりしてはいけないぞと、新宿駅で別れて一人になってから、自分に言い聞かせました。
 年齢って、誰もが毎年重ねていくもので、特別なことではありませんが、それをどう受けとめるかは難しいところがありますね。還暦とはよく言ったもので、そのあたりからの生き方が問題です。仕事の進みが遅くなったなあと落ち込む日があるかと思うと、思いがけずとんとんと進んで新しいことを思いついたりしてまだ捨てたもんじゃないと嬉しくなる日もあるというのが最近の日常です。わきまえながら、でも前向きに、まあできることをきちんとやるしかないという居直りも時には許してもらい・・・。それにしても自然体で暮らすことが許されているのは本当にありがたいことです。まわりになるべく迷惑をかけないように(かけっぱなしでしょうという声も聞こえてきますが)、まわりの親切は素直に受けとめてと、電車で行き合った若者を思い出しながら思っています。
 ところで、人間の年齢のことを考えていたら、面白い詩が眼にとまりました。詩人のアーサー・ビナードさんが紹介しているニューヨーク生まれの詩人レイチェル・フィールドの作品です。

摩天楼
摩天楼たちは疲れないかしら? いつまでも
あんなにしゃんと背をのばしていなきゃならないなんて。
ぶるぶる震えたりはしないのかしら? 冷え込んだ夜
帽子もかぶらないで、寒空に頭がそのままふれている。
たまにさびしくなるかしら?
あまりにも高くそびえ立っているから。
ゆっくり横になりたいと思うのかしら?
二度と起きないで、そのままでいたいって。

 ニューヨークのエンパイアステートビルは1931年竣工とありますから私より少し年上。確かにそろそろ横になりたいんじゃないかなとも思います。でもビナードさんは東京汐留の超高層ビルもなんだか疲れているように見えると書いていらっしゃいます。私もそう思います。高層ビルばかり作ってきた人間も疲れてしまっているような気がしますし。若くて疲れてしまう時代だとするとまずいですね。

 【中村桂子】


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