館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。
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「好きな仕事を自発的にできる幸せ」と「個人が力を発揮してチームプレイを生み出す重要性」。お菓子メーカー東ハトの執行役員になったサッカーの中田英寿選手が社員に出したメッセージだそうです(これを元に、絵本ができたとか)。中田選手のサッカーでの体験から産み出された言葉だと思いますが、「仕事」の本質をみごとに描き出しています。研究館の仕事もこれで行きたいと思いますがすべての人がそうなるのは、それほど簡単ではありません。最近、若いけれど、本当にしっかりしている人たちがたくさんいることに感心します。音楽や演劇などの芸術、スポーツ、囲碁や将棋などプロとしての訓練を必要とする職業の人に目立ちますが、20代、30代で自分をしっかり持っているだけでなく、それを外に向って表現する能力もあるところがみごとです。イチローになるとちょっと恐ろしさも感じます。考えてみると、それらは、約束事、きまり事、時には型があり、それを徹底的に学ぶ必要があるものです。豊かな社会になり、情報も豊富ですから、多くの人が小さい時からさまざまな体験をする機会がふえたことも一つの原因でしょうか。しかも、若い人たちを評価する社会になりましたから。たとえば、研究者でも一般の人に向けて自分の仕事を紹介する本を書く機会は、以前はかなりの年齢になり、まとまった仕事ができてからしか与えられませんでした。とくに自然科学では、仲間内でもそのような行為は評価されない−どころか否定的に見られていましたから、若い頃にそのような本を書くなど考えられなかったことです。けれども最近は、書く機会もありますし、それにこたえてよい本を書く若い方がふえています。明治の初めがそうでしたが、変革の時には若者が活躍するのかもしれません。でも今は全体としてはもう一ふんばりという感があります。どんな国にするのか、どんな社会にしたいのか。そういうところを求めての活動にまではなっていませんから。ある程度の豊かさと安定感があるからでしょうか。特定の分野を除き、社会として基本となる約束事、きまり事、型などが消えてしまっているので、それをしっかり学んでからそこから飛び出すことが難しくなっているのかもしれません。そうなると、型を崩して何でもありにしてしまった世代が悪いのかも。感嘆と希望と愚痴がまじり合った感想になりましたが、要は若い人たちへの期待です。
【中村桂子】
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