ラボ日記
2025.03.04
データ海の航海者たち:ゲノム解析の舞台裏
増え続けるゲノムデータの世界
近年、ゲノム解析技術の急速な発展により、さまざまな生物のゲノムデータが大量に読み取られ、次々と公共データベースに登録されています。かつては研究対象として注目されることの少なかったマイナーな生物でさえ、高品質なゲノムアセンブリの登録が増えてきました。また、様々な生物のRNA-seqのデータも豊富に蓄積されており、遺伝子発現の網羅的な解析が可能になっています。
これらのデータは公開されており、誰でもアクセス可能です。方法を知っていれば、ゲノム規模のデータ解析ができるようになっています。生命科学研究における「民主化」とも言えるこの状況は、研究の可能性を大きく広げています。
一筋縄ではいかないデータ解析の世界
しかし、ゲノムデータが手に入るからといって、解析が簡単にチャチャっと終わるかといえば、決してそうではありません。データ解析には様々な工程があり、それぞれの段階で設定を変更するだけでも結果に大きな影響が出ることがあります。
例えば、ゲノムにRNA-seqデータをマッピングする際に使うソフトウェアでは、配列の一致の曖昧さをどれくらい許容するかだけでも結果が変わってきます。厳しい設定にすれば正確性は上がりますが、検出できる遺伝子の数が減ってしまうかもしれません。逆に、緩い設定にすれば多くの遺伝子を検出できますが、誤った結果も含まれる可能性が高くなります。また、RNA-seqデータの低品質な部分をどのように除去するかによっても結果は大きく変わります。これらの設定一つ一つが、最終的な解析結果の信頼性に影響するのです。
予備実験の大切さ
データ解析の各プロセスでは、何が最適な設定なのか色々と試してみる必要があります。これは、生き物を使った実験でも同じです。条件を変更して正常な場合と人為的に変化を与えた場合の違いを確かめるなど、本格的な実験に入る前に充分な予備実験を行うことが欠かせません。
実はこの予備実験の段階が、私にとっては一番楽しい作業だったりします。様々な条件を試し、結果がどう変わるかを観察することで、研究対象についての理解が深まり、時には思いがけない発見につながることもあるからです。
対照的に、本番の実験は予備実験で確認した最適条件を繰り返すだけになることが多いです。もちろん、そこから得られるデータの価値は大きいのですが、探索的な楽しさという点では予備実験に軍配が上がります。
実験と解析、根底にあるもの
このように考えると、コンピュータを使ったデータ解析研究も、実験室での実験研究も、根本にあるものは同じだなと感じます。どちらも最適な条件を探り、信頼性の高い結果を得るためのプロセスを大切にしています。
データは増え続け、解析ツールや技術も発展し続けていますが、研究者の試行錯誤と探究心こそが、これからも科学の進歩を支える原動力であり続けるでしょう。
尾崎 克久 (室長)
所属: 昆虫食性進化研究室
アゲハチョウを研究材料として、様々な生き物がどのように関わり合いながら「生きている」のか、分子の言葉で理解しようとしています。