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研究館より

ラボ日記

2024.06.18

破壊力が高い技術革新

近年の生物学


最近の生物学は、技術革新によって大きな進歩を遂げています。その中でも特に注目されているのが次世代型シーケンサー(Next-Generation Sequencer, NGS)です。この技術により、さまざまな生物のゲノムが容易に解析されるようになりました。また、NGSを用いることで、特定の組織でどの遺伝子が発現しているのかを網羅的に調べることが簡単になったため、研究の幅が大きく広がっています。

見つかった遺伝子の機能解析


発見された遺伝子の機能を調べるための技術も進歩しています。かつてはRNA干渉(RNAi)が主流でしたが、現在ではゲノム編集技術がその役割を担っています。CRISPR-Cas9などのゲノム編集技術は、特定の遺伝子を正確に改変することが可能であり、遺伝子機能の解析を飛躍的に進めることができます。
 

ゲノム編集の課題


しかし、ゲノム編集技術には課題もあります。特に非モデル昆虫においては、多くの場合は近親交配に弱いので、系統として維持することが困難であることが多いのです。頑張ってゲノム編集個体を作出しても、その変異させた形質を維持でないというのは大きな問題です。これが非モデル昆虫に残された大きな壁でした。
 

DIPA-CRISPRの登場


そのような中、DIPA-CRISPRという画期的な技術が開発されました。この技術により、すべての昆虫でゲノム編集が可能となりました。この技術の開発者自身は、ゴキブリなど卵塊で産卵する昆虫のゲノム編集を行うことを目的としていました。通常、ゲノム編集を行う際は、調合した試薬を卵に注入します。そのため、ゴキブリやカマキリのように卵塊で産卵する昆虫の場合、実質不可能でした。
この問題を解決するため、卵黄形成期の成虫に試薬を注入するという、天才としか言いようのない発想の転換で技術改良をしました。これにより、上記のRNAiと同じくらい簡単に、特別な設備を用意する必要もなく、理論上全ての昆虫でゲノム編集を行うことを可能にしたのです。素晴らしい!
 

近親交配に弱い昆虫でも対応可能


特別な設備を必要とせず、技術的にも簡単であるという特徴は、大きな副産物を生み出しました。「大多数の昆虫が近親交配に弱い」という問題を克服できたのです。

例えば、10個体程度のメスに由来する子孫をうまくかけ合わせることで、近親交配を避けるように管理すれば、長期間にわたって累代飼育をすることが可能です。これならば、ゲノム編集によって解析対象の遺伝子に変異が入った個体同士をかけ合わせて、完全にノックアウトした個体を作ることができます。ゲノム編集によって生み出された変異個体を系統として維持できないという致命的な問題が、これで解決されました。

また、アゲハチョウのような昆虫では、休眠させることでノックアウト個体を長期間保存しておくこともできますので、ずーっと飼育して維持し続ける必要もありません。

画期的すぎて涙が出そうです。
 

DIPA-CRISPRの開発者による講演


この技術の開発者である大門先生が、7月27日に開催される生命誌の日で講演を行います。DIPA-CRISPRを用いた研究の成果を含む、昆虫の変態(1世代の中で体の形が変わること)に関する研究の最先端のお話が聞けると思います。今から楽しみです。

アゲハチョウを研究材料として、様々な生き物がどのように関わり合いながら「生きている」のか、分子の言葉で理解しようとしています。