ラボ日記
2020.08.03
論文を楽譜に、科学を演奏する
科学のコンサートホール
JT生命誌研究館のコンセプトは「科学のコンサートホール」です。この言葉だけを聞いても何のことやら意味不明だと思いますが、個人的にはとても気に入っています。極々簡単に説明すると、JT生命誌研究館では最先端を目指して生物学の基礎研究に取り組んでいますが(基礎研究に関する個人的な見解はこちら)、一般的な研究機関の様に研究成果を論文にまとめて公表したらお終い、としてしまうのではなく、その論文を楽譜としてオーケストラを演奏するかの様に館員が一丸となって誰でも科学を楽しめるようにするという心意気です。素晴らしい。
とは言っても、論文を誰でも楽しめる様にするのは簡単ではありません。日本人の多くは英語が苦手だからといって、論文を日本語に訳したところで楽しめる人は滅多にいません。書かれている言語に関係なく、論文をおもしろいと思うためには専門的な知識が必要になります。論文を直接楽しむ事ができるのは、その研究分野の専門家やそれに近い立場の人たち(大学院生とか科学系ライターさんとか)だけなのです。
それでは、重要な部分に的を絞って平易な文章と図解で説明したらどうでしょう?巧みに論文の肝という部分を解説したら、面白い!と思っていただける人が格段に増えるだろうと期待できますね。でも、それはJT生命誌研究館じゃなくてもできる事。
生命誌研究館らしさ
JT生命誌研究館の最大の特徴はやはり、研究セクターがあってそれぞれの研究室で個性的なテーマの研究が行われていることにより、世界で唯一無二の知見が蓄積されているというところだと思います。その部分をコンテンツ化すれば、まさに他にはない、独自性が最大級のコンテンツになるでしょう。とはいえ、本来は専門分野の近い研究者にしか意味を持たないであろうというものを、多くの人が楽しめる形に加工するというのは、生物学とはまた違った形での“研究”と言える様な創意工夫が必要になります。難しい挑戦ではありますが、「論文を楽譜に、科学を演奏する」というやりがいのある取り組みでもあります。
InsectInDB 日本語版
昆虫と植物の関係について理解を深めようという研究の中で、外部の研究者たちから多大な協力を得て作成したのが InsectInDB(いんせくと・いん・でぃーびー)というデータベースです。これを使って、かつては植物が変化するとそれを追いかけて昆虫が変わるという共進化のモデルと考えられていたチョウたちが、実は植物の進化的系統とは無関係に、植物が持つ化合物の類似性によって食草転換が起きていたため、共進化ではないということを明らかにしました(論文の解説はこちら)。
この InsectInDB ですが、僕自身は今も便利に利用していますし、新しい課題に向けて今後も開発を継続していくものなので、現役で活躍中の本物の研究用ツールなんです。多くは自分のためではあるのですが、これでもか!というほどこだわり抜いて使いやすいインターフェースになる様に工夫を凝らしています。おそらく、大多数の人にとっても使いやすいものだと思いますので、どなたでも自由に使えるように公開しています。
1994年の季刊生命誌でも、蝶と植物の共進化が紹介されていました。ちなみに、僕がJT生命誌研究館に所属したのは2001年です。
InsectInDB の特徴
- 文房具(例えば鉛筆と紙)と同じ位、見ればなんとなく使い方がわかる簡単さ
- 人間の判断による分類学的なグループ分けではない
- 生き物同士の関わり合いを基準とした、「生きている」様子に近いグループ分け
- 動かせるネットワーク図で、生き物同士のつながりが一目瞭然
アクセスしていただくと、フワッと動くネットワーク図が表示されます。最初にこの動きが見えるというのは重要でして、これによって「図に表示されているオブジェクトが動く」ということが認識されるはずです。動くんだという認識をしたら、動かしてみたくなるのが人情というもの。こうして触ってみることで、まずは「使う」という動作に対する抵抗がないまま体験してしまうという状況を狙っています。これも「文房具の様に使いやすい」「無意識で使える」という狙いを実現するための策略の一つなんですよ。そして紙では作成できない、デジタルならではのコンテンツであるという主張でもあります。
↑こういう解説をすると、グッと研究成果っぽくなりますね。
昆虫や植物に詳しい方も、もしかしたら知らなかったことや気づいていなかったことが見つかるかもしれません。ぜひ InsectInDB に潜ってみて、研究者たちが研究の現場で感じる最大のワクワクである、新しい知見を見つけた!という喜びを味わっていただきたいと思っています。
InsectInDB にはこちらからアクセスできます。
昆虫-植物の関連性データベース InsectInDB
どんなことができるのか、ざっと体験できるワークブックも用意しました。
昆虫-植物関連性データベースで解析研究に挑戦
このデータベースを用いた今後の展開について、表現を通して生き物を考えるセクター星野研究員のスタッフ日記に書かれていますので、そちらもぜひご覧ください。
尾崎 克久 (室長)
所属: 昆虫食性進化研究室
アゲハチョウを研究材料として、様々な生き物がどのように関わり合いながら「生きている」のか、分子の言葉で理解しようとしています。