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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2024.11.01

食べ物の周りにある笑顔こそ国の力

夕食後に季節の果物をいただくと豊かな気分になります。季節に合わせて、あちらこちらのお友だちから送っていただいたものをいただく時は、自然に笑顔になります。

最近いただいたのは栗と柿とリンゴです。栗は熊本県。長い間農業高校で教鞭をとられ、校長先生を務められて卒業なさった後、御実家の栗林の管理に専念されている方が送って下さいました。柿は山梨県。看護士さんがお仕事なのですが、お年を召したお父様が果樹園を守っていらっしゃるので、忙しい時はお手伝いしている方から送られてきました。リンゴは岩手県。毎年名前入りのリンゴを作って下さるのです。まだ青い時に名前を書き込むと、そこだけ色づかないので、赤い色の中に黄色い文字が浮かび上がります。子どもたちが小学校に入る時、持ち物に全部名前を書き、これは私の物ということをしっかり頭に入れさせますね。小さなブロックにまで一つ一つ名前を書くのが大変で、ここまでやらなければいけないのかしらと思ったりもしましたけれど。名前入りのリンゴはまさに私のリンゴで、書いて下さった方の心を思いながらいただくと本当に美味しいのです。

皆さんの心のこもった果物は特別のおいしさですが、最近どなたからも悩みが聞こえてきます。九州が豪雨続きで大変だったことはニュースでも伝えられました。柿には「カメムシに悩まされました」というメッセージがついていました。確かに、カメムシが汁を吸った跡があります。もっともっと吸われて育ちきれなかった実もたくさんあったとのことです。猛暑で大量発生しているようでこれからどうなるのでしょう。リンゴは、東北も真夏日が続くというこの異常気象に思うように実らず、悩んでいますとありました。新聞に「青森県でリンゴからモモに切り替える動きがある」という記事があり、生きもの相手のお仕事は大変だと改めて思いました。それでも皆さん、それぞれの果物を愛する気持ちに変わりはなく、子どもを送り出すような気持ちで送って下さっているのが分かります。

日本の場合、近海の海面水温が世界平均の二倍を超える割合で上昇しており、気温も世界平均より速く上昇しているとのことですので、この問題を、実際に果樹や作物を育てて下さっている方たちの悩みや対策だけで済ませてはいけないのではないでしょうか。最近起きたお米騒動も、元はと言えば異常気象に原因があることは分かっています。

「振り向けば未来」という本で農業の本質を語られた山下惣一さんが、「農業問題は消費者の問題です」とおっしゃっています。農家は自分で食べるものは自分で何とかしますから大丈夫ですと。皆で食べ物のことを考える時ですよと言うメッセージです。兵器を作るより美味しい食べ物をたっぷり育てることに力を注いだ方が国の力はつくのではないでしょうか。兵器で笑顔は生まれませんが、食べもののまわりには必ず笑顔があります。

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶