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研究館より

表現スタッフ日記

2024.09.18

落ち葉の帰り道

8月の終わり頃から、JT生命誌研究館前の桜が黄色く色づき、葉を落としています。高温や乾燥の影響で、蒸散(水蒸気の放出)を抑制するための黄変落葉が起こっているのかもしれません。葉の変色は、葉緑体の膜中にある光合成色素の比率によります。クロロフィルが多いときは緑色、分解されてカロテノイドが目立ってくると黄色になります。このクロロフィルは、光エネルギーを自由エネルギーに変換する、光合成の中心となる働きをしています。だとすると、植物の生命はこのクロロフィルにあるのかしら、と思うのです。クロロフィルは、取り込んだ光エネルギーのうち余分なもののごく僅かを、赤い光として放散します(クロロフィル蛍光)。この蛍光の観察はとても簡単で、落ち葉の上に青色の光源をセットして、部屋を暗くすると、赤い光が浮かび上がってきます。これが生命なのかな、きれいだな……ぶつぶつ言いながら、キャンプの終わりに、パチパチと燃える炭の燃えさしを眺めているような気持ちになります。妙に静かで、少し寂しいあの夜の感じです。

仕事を終えて、落ちた桜の葉っぱを拾い上げ、ふと人間の生命はどこにあるのかと考えます。心臓?脳?時間?心?記憶?現代ではゲノム? 私が思いつくのはこの辺りですが、どれも何かの器の中に収まっているイメージです。科学技術が進歩するにつれて、この生命の器はますます小さくなっていくのでしょうか。一方で、200年後の私たちも、心臓の鼓動を聞きながら、生きていることを実感しているはずです。また、『生命とは何か』* の訳者あとがきには、「それ(生命)は当の個体の身体の内部にあるのではなく、身体とその環境とからなる世界全体の中にある——」とあります。なるほど、それも一理ありそうです。生命の器は色々ですが、どの器にしろ、そこにあるのは、自分の生命だけではないことに気付きます。記憶の中では自分の側に必ず誰かがいてくれますし、ゲノムには38億年分の生きものの歴史が詰まっています。心臓の鼓動ですら、自分のものを聞くより、誰かの胸に耳を当てる方がずっと簡単です。「生きている」ことを一人称で語るのは、無理があるのかもしれません。私の手のひらにあるこの葉っぱも、1本の木のために生きていたのでしょう。そっと地面に戻して、帰り道を急ぎます。


* 生命とは何か—物理的に見た生細胞, シュレーディンガー著, 岡小天・鎮目恭夫訳, 岩波書店, 2015