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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2024.05.15

自然も、それを受け止める五感も……

連休はいかがお過ごしでしたか。高槻のBRHに通っていた頃は、春の連休が一番ゆっくり家にいられる時間でしたので、家にいるという習慣が今も続いています。ゆっくりと言いましても、この時期は衣替えです。庭には草が元気に生えてきますので、それともおつき合いしなければなりません。幸い今年はお天気がよかったので、洗い物もよく乾き、庭での時間も気持ちよく過ごしました。

とはいえ、この季節ですのに25度を超える夏日が続くのは気になります。35度などというところもあったようで、日本のよさである季節のうつろいを近年楽しめなくなってしまったのは残念です。とくに、冬の寒さの残る中で少しずつ草が芽生える時の春への期待感は、一年の中で一番好きな感覚なのですが、この微妙さを感じるのが難しくなりました。夏の終わりに頬をなでる風に小さな秋を感じる時の気持ちよさも同じ。微妙な季節感が消えてしまいました。風も荒々しくなったような気がしますし、都会では季節とは無関係のビル風に悩まされます。

万葉集や源氏物語の中で詠われ、語られる風の様子をそのまま受け止められるという文化の連続性が日本の良さだと思ってきました。少なくとも私の世代は昔とのつながりを感じてきました。自然が、少しづつ変化しているとはいえ、基本的には同じ姿をしていましたし、私たちの五感も変わらずはたらいていると思いながら暮らしてきたのでした。けれども21世紀に入って、それは急速に変わっています。自然の方は、二酸化炭素の大量排出の一方で、熱帯林の伐採に代表されるさまざまな破壊を続けているのですから、異常気象になるのは当然です。人間の感覚も、ほとんどの時間をスマホに触れて過ごしている状態では、微妙な自然の動きを感じるのは難しくなるでしょう。

その結果、自然のもつ意味が分からなくなったら、地球に暮らす価値はなくなります。最近、宇宙探査ではなく宇宙開発という言葉が盛んに言われるようになりました。それに夢中になっている人たちは、地球の本当の価値に目を向けているとは思えません。人類は危険なところにいるのではないかと思わざるを得ません。その理由は次回に書きます。

今年の生命誌のテーマが土であるのは、この危うさを感じてのことです。

付録:5月1日に「ウイルスは動く遺伝子」という本が出ました。新型コロナウイルスが5類になって1年。マスク姿も減りましたが、昨年5月から11月の間に16,043人の方がコロナで亡くなっていると聞き驚いています。ウイルスのこと忘れないで下さいねという気持ちで、これまでのコロナ本と違う切り口で書きました。ここで書いたことはは生命誌の一面です。絵巻の中にはウイルスいっぱいのはずですから。ちょっと可愛い表紙になっています。どこかで手に取っていただけると嬉しいです。

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶