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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2024.01.16

生きものとして生きる暮らしの具体化

今年は辰(龍)年。十二支の中では唯一架空の動物ですが、西欧、インド、中国、日本など様々な文化の中で、とてもよく似た姿の仲間がいる興味深い存在です。水中または土中に棲むと言われますが、それが暴れたのでしょうか。年始に地震と津波で大きな被害が出てしまいました。被災者の方たちのこれから、能登という地域のこれからを考えると気が遠くなりますが、日本中で応援をしていくしかありませんね。小さな力でも。

今年は、「生きものとして生きる」の具体を考えたいと思っています。そこで一つ、ご一緒に考えたいテーマがあります。お考えお聞かせ下さい。

道路が壊れ、電気や水が絶たれた中で、トイレ問題が大きく浮かび上がりました。今や水洗トイレが日常です(ウオッシュレットでなければという人はまた別の話)。公衆衛生の立場からは、水洗トイレが普及し、下水が整備されたことを高く評価するのは当然です。とくにヨーロッパは、排泄物を川に流したり、道路に捨てたりしていたので、下水整備は不可欠でした。日本は、肥料として上手に利用していたのですが、近代化に伴い、欧米型の下水、水洗トイレという流れになり、現在に至っています。下水普及率は文化のバロメーターとまで言われました。公衆衛生という点では成果を上げた歴史です。

ところで、21世紀の今、この見直しがあってもよいと思っています。地球環境を意識した暮らしは、炭素化合物(有機物)の循環が基本です。自然界での排泄物は、有機物として他の生きものが活用し、生態系ができています。人間(ホモ・サピエンス)だけが、台所のゴミを油で燃やし直接二酸化炭素(無機物)にします。排泄物は大量の水(しかも飲める上水)で流し、他の廃棄物と一緒にエネルギーを使って処理します。

炭素化合物循環社会を目指す21世紀にふさわしいとは思えません。大量の水で遠くへ運び大型下水処理をするのではなく、身近で生物学的な処理をするのが正解ではないでしょうか。「バイオトイレ」は存在します。現在の開発状況を見ますと、技術的にはかなりのところにいるように思います。ただ、特殊な存在と位置付けられているのです。これをスタンダードとして、更なる技術開発を進め、地域システムをつくっていけば、有機物→有機物への道は可能ではないでしょうか。はたらいている微生物はゲノム解析によってほとんどが未同定の種とわかってきたようですし、生きものを活かした技術は工学のようにはいかないものですが、ここでひと踏ん張りするのが生命科学の役割でしょう。災害時にも役立つものですし。

大型化し、見えないところで誰かが処理してくれるのが、便利でよい社会としてきました。

それは大量の廃棄物を産み、エネルギーを大量消費します。身近での処理により有機物が活かされる社会は、誰もが社会の事象を「自分事」として捉える暮らしです。そこにほんの少しの面倒さがあったとしても、それを前向きにとらえる人々の暮らす社会です。「都会で生きものとして生きる」社会の具体化の一つとして考えています。

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶