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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2024.01.05

2024年の生命誌―フラットでオープンな本来の生き方

新年おめでとうございます。今年も「相変わらずで、日々変化していく生命誌」をよろしくお願いいたします。

今の関心の一つは「生命誌の中の人間」です。異常気象、ウイルス・パンデミック、とんでもない格差、ヘイトスピーチなどに悩んでいましたら、戦争まで加わりました。そこで「今、目前にある現実がすべてではない。もっと全く違った道があるかもしれない」という志村ふくみさんの言葉に惹かれました。若い時に出会ったレーチェル・カーソンの「沈黙の春」に「私たちは今や分かれ道にいるのであり、別の道を探そう」という意味のことが書いてあったのを思い出します。女性だけではありません。BRHの評価委員をして下さっているゴリラの研究者山極寿一先生も「人類はどこかで間違ったかもしれないという自省」と書いていらっしゃいます。皆さんそれぞれの専門から深く考えられた結果の言葉であり、生命誌でも全く同じ気持ちが生まれてきます。

そして、上にあげられた道は、別の道というより「人間として本来歩むはずの道」だったのではないかと思うのです。人間の本質をみつめなければ、本来の道は見えません。そこで、「生命誌の中の人間」に関心が向くのです。

今、東京銀座のエルメスビルで、崔在銀の「La  vita Nuova-新たな生」という展覧会が行われています。BRHの階段下に崔さんの「瞬・生」という作品があります。創設時に置いたものです。この時から一緒に考えてきたことを彼女がまさに「新たな生」として表現した展覧会であり、生命誌そのものと言ってもよい空間です。詳細を紹介できないのが残念ですが、このような形で、様々な分野の人と協同しながら生命誌が日常とつながり、いつかは本来の道を歩む社会につなげていく2024年です。

人間の特徴を示す研究が急速に進んでいます。霊長類の仲間としては、犬歯が小さく最も弱い存在だった私たちの祖先は、暴力で他を圧するより話し合いでなんとかことを解決するのが得意だったようです。戦争など権力争いは、どうも本来の道ではなさそうです。ゴリラは家族をつくり、チンパンジーは集団をつくって暮らしますが、人間は家族も集団もあり、複雑な関係を巧みにこなしていくところに特徴があります。ここでの人間関係はフラット、役割はあっても権力はないとされます。山極さんが、ゴリラは一度出て行ったら元の仲間には戻れない、違う仲間の中に入るのも難しいが、人間はそれができるところに特徴があると言っておられます。自由でオープン。フラットでオープンな関係をつくれるのが人間ということです。生命誌研究館はそれを特徴としてきたのは幸いな事でした。

大きな集団になると支配関係なしでは動かすのが難しいかもしれません。そこで、研究館は古代の人間が作っていた30人くらい(学校の1クラスくらい)の大きさになっています。
大きいことばかり求めないのも本来の一つかもしれません。

これからも、生きものとしての人間の研究は進むでしょう。ゲノム、細胞、化石などなどから出てくる成果を基に、新しい、本来の道を様々な分野の方と作っていく2024年です。
 

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶