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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2023.08.01

大きな存在の大切さを実感した半日

久しぶりに研究館に行き、「大澤省三先生を偲ぶ会」に参加しました。先生は、研究館の創立時に顧問になって下さり、「生命誌」という新しい知をどのようにして創っていくかを岡田初代館長と共に考えて下さった方です。1991年から93年の開館までの2年間、岡田先生、大澤先生と一緒に考えた時間は、私の人生で最も楽しかった時だったと思い出すことがよくあります。

研究館に関心を持って下さる方であれば、創立時に始めたオサムシ研究が、研究館のアイデンティティを確立してくれたと言ってもよいことはご存知でしょう。地面を這う小さな虫のDNA解析を用いた系統樹の作成が、自然そのものに向き合うことやプロとアマチュアの対等な協力で研究成果をあげることなどの意味と大切さを教え、研究館がまさにユニークな存在として活動する基盤となりました。この研究を主導して下さったのが、大澤省三先生です。

そしてもう一つ、大澤先生の真剣な研究姿勢に若い人たちが憧れ、尊敬して、自分たちもそうなろうと努める雰囲気が研究館にはできました。皆で一緒に考える場になったのです(とくに若い女性に人気があったということも、偲ぶ会での皆の言葉から見えてきましたので付け加えます)。

この二つは、「生命誌研究館」が大事にしているものです。来館される方が、ここには独特の空気があるとよく言ってくださいました。本質を求めて新しいものを創るには不可欠なものです。研究館の外から参加して下さった方たちの話を伺いながら、この空気の大切さを強く思い、それが大澤先生によって外にまで広がったことを実感しました。

それにしても、最近このような研究者が消えつつあるのではないかと気になります。地位や権力を振り回すことが研究の世界にも見られるようになりました。「実るほど頭を下げる」などという言葉は死語になっています。若い人が憧れてついてゆく先達が、未熟ではあっても真剣な若い人の言葉に耳を傾けることで、よい仕事ができ、よい場となり、よい知ができていくという体験を思い出しながら、この空気は本当に大事だと改めて感じた半日でした。

大きな存在との出会いを大事にして、生命誌という知をより充実することが、大澤先生を偲ぶという言葉の中身だと、東京に帰る新幹線の中で思った次第です。
 

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶