RESEARCH
植物が刻む体内時計
体内時計は、生きものが24時間という周期に体をあわせるしくみである。体内時計が私たちヒトで大切なのはもちろんだが、動かずじっとしているように見える植物も、時計をうまく利用して1日の中でいつ・何を行うかを決めている。体内時計で毎日の光や気温の変化を予測して体を準備し、開花に向けた長期の予測も行うのである。植物にとって実はとても大切な、その役割を見てみよう。
1.植物に時計は必要か
ヒトは、規則正しい生活を送って体内時計を正常に保つことが健康に良いとされる。人間と同様、植物にも体内時計があるといったら驚くだろうか。確かに、移動しない植物は時計などなくても、毎日太陽が昇れば光合成を行い、毎年適温になれば花を咲かせるといった具合に、環境の変化にその都度対応するだけで十分だろうと思うかもしれない。
だが下の写真を見てほしい【図1】。実験室で明暗の周期を6時間早めて生育したシロイヌナズナである。ヒトは5時間以上の時差を経験すると、「時差ぼけ」と呼ばれる、倦怠感や日中の眠気などの不調が現れるが、植物でも時差を経験した株は、正常な株と比べて成長が悪く、開花の時期もずれてしまう。
(図1)「時差ぼけ」状態のシロイヌナズナ
明るさをコントロールできる実験室で、一方を正常な24時間周期の明暗の下で育成し(左)、もう一方は、明暗の周期を3日に1回だけ6時間早めた状態で育成した(右)。時差を与えられた株は成長が悪く変色しており、早咲きがみられる。
植物はいつも場当たり的に環境変化に対応しているわけではない。体内時計によって毎日起こる気温や光の変化に備え、さらには何日も先を見越して開花の準備をすることができる。体内時計は植物にとって「なくては生きられないもの」とは言えないが、より良い生のために「あると便利なもの」だと私たちは考えている。植物の時計のしくみを紹介しよう。
2.動物と植物の時計に違いはあるか 遠藤 求
体内時計は、地球の自転周期24時間に体を合わせるしくみであり、概日時計とも呼ばれる。その基本単位は細胞であり、動物や植物の体をつくる細胞それぞれが、遺伝子のはたらきにより自律的に24時間のリズムを刻んでいる。
細胞のリズムを生むのは、「時計遺伝子」と呼ばれる複数の遺伝子が次々とバトンタッチしながらはたらき、約24時間で最初の遺伝子に戻るというループ状の機構である【図2】。具体的には、ある時計遺伝子が転写されて生み出されたタンパク質が細胞内に満たされることで、他の遺伝子のはたらきが抑制され、やがてこれらのタンパク質が分解されてくると、抑制されていた次の遺伝子が転写され始め・・・といった具合のくり返しである。
さらに哺乳類では、個々の細胞のリズムのずれを補正し、身体中の臓器が同じ昼夜のリズムではたらけるよう、脳が「中枢時計」の役目を担う。朝、日光を浴びる際に脳がホルモン等を介して全身の臓器の概日リズムを合わせるのだ。一方、植物は脳をもたないため中枢時計は存在せず、各細胞が独立に概日リズムを刻んでいると考えられてきた。しかし、役割の異なる組織や臓器が協調してはたらいている点は植物も動物も同じであり、植物でもどこかに中枢時計が存在するのではないかと私は考えた。
概日時計の研究を始めた当時は、まだ植物全体をまとめて解析する研究が主流だったが、植物は葉っぱ一枚とっても、葉肉・維管束・表皮と、異なる役割をもつ組織が組み合わさってできている。特に維管束の時計の役割に注目していた私は、この主要な3組織を生きたまま分離し、組織が互いに影響を受けない状態で時計遺伝子のはたらきを見ることに成功した。
葉肉と維管束の遺伝子の発現解析の結果から、時計を構成する遺伝子の転写量が、組織により異なることがわかった【図2】。葉肉では、昼にはたらく時計遺伝子が活発に転写されていた一方で、維管束では、夜にはたらく時計遺伝子が活発に転写されていたのだ。
(図2) 時計遺伝子のバランス
昼間の時計遺伝子の発現量(タンパク質として翻訳される量)は葉肉で大きく、夜間の時計遺伝子の発現量は維管束で大きかった。時計遺伝子のはたらき方の違いは、葉肉と維管束での役割の違いを反映しているのではないかと考えている。
さらに、同じ時計遺伝子でも、葉肉と維管束では概日リズムの位相にずれが見られる、即ち1日のうちではたらき出すタイミングが異なることもわかった【図3】。葉肉と維管束では、概日リズムを刻むのに共通の時計遺伝子を使ってはいるが、異なる量的なバランスでループが保たれているようだ。同じ24時間周期の時計でも、構成される歯車の大きさや、バランスの取り方が違うといったイメージだろうか。全身の時計が同じ構成である動物とは違い、植物の時計は組織ごとに高い独自性をもっているのだ。
(図3) 生物発光技術で観察した時計遺伝子の発現リズム
蛍光タンパク質ルシフェラーゼの二量体をもちいて、組織ごとに時計遺伝子の発現を捉えた(左写真)。主要な時計遺伝子TOC1の発現リズムを葉肉と維管束で比べると(右グラフ)、どちらも24時間周期ではたらくが、ピークの位置に数時間の違いがみられる。
人為的な操作により時計遺伝子の一部を過剰に発現させると、ループ全体のバランスが崩れ、概日リズムそのものが失われる。これを応用すれば、特定の組織だけが概日リズムを失ったシロイヌナズナをつくり出すことができる。この手法で維管束の概日リズムを失わせると、葉肉の概日リズムも失われることがわかった。しかし逆は起こらなかった。植物の時計には、動物の脳のような強大な中枢時計があるわけではなく、互いに独立した性質を保っている一方、局所的には相互作用があることが見えてきた。
3.成長と繁殖を決める時計 遠藤 求
花を咲かせたり成長したりといった、形態が変わるような現象は、組織を越えて個体全体が協調して動く必要がある。どの組織の時計がこれらのタイミングを主導するのだろうか。各組織の時計が個体全体に与える影響を調べるため、私は葉肉、維管束、表皮の概日リズムをなくした状態のシロイヌナズナを育ててみた。すると、組織ごとに大きく異なる結果が得られた【図4】。
(図4) 概日リズムを失ったシロイヌナズナ
葉肉の概日リズムをなくしても形態に大きな変化はみられないが、維管束の概日リズムをはたらかなくした場合は、花芽がつくられなくなった。次の章で詳しく説明するが、維管束がリズムを失ったことで、日長など開花の判断に必要な情報を感知できなくなったとみられる。
一方、表皮の概日時計をなくすと、意外にも茎がひょろひょろ伸び続けてしまう。この過剰な伸長は、個体が温度を感知できなくなるために起こっていることがわかった。茎は主に夜間に伸びるが、表皮はその際適切な成長量を指示する役割をもつようだ。表皮の概日時計が、毎日決まった時間に気温の検知と情報処理を行わせる、司令塔のはたらきをしているのだ。
植物にとって大切な、成長と繁殖の根底に概日時計があることは大きな発見だった。維管束と表皮が異なる役割をもつだけでなく、異なる環境条件を制御の手掛かりにしている点も興味深い。脳が中枢時計として時間を合わせ、さらにさまざまなことを指令する動物の時計を「集中型」のしくみとするなら、植物の時計は全体がゆるやかな階層性をもちながら、役割を分担してはたらく「非集中型」のしくみであるといえる【図5】。
(図5) 生物グループごとの時計のはたらき方のモデル
4.体内時計で季節を知る 久保田 茜
植物は毎年同じ季節に花を咲かせる。開花から種子形成までの長い道のりを成功させるために、植物は、季節変化に応じて花芽をつくりはじめる。そのための目安として、植物は日長の変化を感じていると考えられてきた。例えばシロイヌナズナに代表される「長日植物」では、日の出とともに時間を測り始め、日没までの日長が長くなるほど花芽形成が促進されると考えられてきた。実際に春の日長条件を再現した実験室では、シロイヌナズナの花芽の形成を促進する「花成ホルモン」をつくるFT遺伝子のはたらきが、夕方にかけて活発になることが確認されている。
ところが野外のシロイヌナズナでは、FT遺伝子が朝にも活発にはたらいていることに私たちは気づいた【図6】。これまで考えられてきたように、植物が日の出をきっかけに日長を測っているとすると、朝の時点ではその日の日長を予測できないはずである。実験室と野外で何が違うのかを検証すると、実験室の光には含まれていない赤外線や、実験室では常時一定に調整されていた気温の変動が、朝のFT遺伝子の活性化の引き金になることがわかった。
(図6) FT遺伝子のはたらく時間帯
ここから、FT遺伝子のはたらきには前日の夜の長さが重要であることや、朝と夕では影響を与える光の色が異なること、朝夕の気温も影響することなどがわかってきた。花芽形成は、単純に日の出から日没までの時間だけが決め手となるのではなく複雑に制御されているのだ。特に気温は天候により変動しやすいため、季節の判断材料にはなりにくいと言われてきた。しかし植物は、気温や光の質など変動の大きな情報も、天候の影響を受けにくい時間帯や季節をよく反映している時間帯に限定して利用することで、より長期的な環境変化を見極めているのではないだろうか。概日時計が、どの時間帯にどの情報を利用すべきなのかを指令する役割を果たしているのだと考えている。例年より暖かい春は花が早めに咲き始めるといった現象は、植物が日長と気温の情報を統合した結果であり、そこに概日時計が一役買っているわけである。
これまでの研究でわかってきた、組織ごとの概日時計のはたらきをまとめた【図7】。概日時計は毎日周期的に起きる環境変化を予測し、体を準備させる役割をもつ。さらに、日内で変動する光や気温を、どの時間帯に測るかを概日時計によって決めておくことで、季節というより長期的な環境変化も把握できるのだ。植物は脳のような記憶のための器官をもたないが、概日時計をうまく使ってさまざまな予測を行っていることが見えてきた。
(図7) シロイヌナズナの1日の中での時計のはたらき
5.時間の情報を共有し合う 高橋 望
植物の概日時計は組織ごとに異なる構成と役割を持ち、局所的に時間情報を共有していることはすでに述べた通りである。ではもっと広い範囲で、具体的には個体全体のレベルで時間情報を共有するしくみはないのだろうか。特に植物の地上部分と地下部分は、離れている上に生育環境が大きく異なる。私たちは個体全体のレベルでの時間情報のやり取りの有無を、「マイクロ接ぎ木」という手法を使って調べている。
果樹などでよく行われる接ぎ木は、植物体の一部を別の植物体につなぎ合わせて、新たな個体とする園芸手法である。私たちが使う「マイクロ接ぎ木」は、発芽後数日のシロイヌナズナの芽生えを顕微鏡下で切ってつなぎ合わせる技法である。
概日リズムをなくしたシロイヌナズナの地下部分に、正常な個体の地上部分を接ぎ木したところ、驚いたことに地下部の概日リズムが復活することがわかった【図8】。地上部の中でも先端の芽にあたる茎頂の概日リズムが最も影響を受けにくく頑健にリズムを刻んでおり、地下部分のリズムを調整する能力があることがわかった。
さらに興味深いことに、地上部と地下部の相互作用が、リズムの安定性を高めることがわかった。時間情報の共有のために、地上部と地下部の間に物質のやりとりがあることが予想される【図9】。
(図8) 地上部から地下部への影響(時計遺伝子の発現量)
遺伝子に変異をおこして概日リズムを抑制した地下部に、正常な地上部を接ぎ木すると、地下部分にもリズムが復活する。
(図9) 地下部から地上部への影響(時計遺伝子の発現量)
概日リズムを抑制した地下部を接ぎ木すると、地上部の概日リズムの乱れが大きくなる。
時間情報を共有するための物質は、単一のものではなくカクテルのようにさまざまな物質が混合したものだと予想しているが、候補として考えられる物質の一つは、光合成の産物であるショ糖である。日中葉でつくられた光合成産物が、ショ糖として地下に運ばれる際に時間情報となっていることが予想される。さらに私たちは、より直接的に時間情報を共有する物質を突き止めた。ELF4という時計遺伝子のタンパク質である。このタンパク質が直接地下に運ばれることで時間情報として地下に作用するのだろう【図10】。時計タンパク質が直接地下の時計に作用するという初めての例である。一方で、地下部から地上部へどのように情報共有がなされるのかはまだわからない。今後、個体全体で時計を保つしくみの全体像を明らかにしていきたいと思っている。
(図10) シロイヌナズナの時計のはたらきと時間情報の共有
植物の概日時計がどんな役割を果たしているのかについては、まだ理解されていない部分が多い。しかし、私たちが思っているよりも多くの植物の現象が周期性をもっていることもわかってきている。分子レベルでの研究から、植物が概日時計を刻む意味を明らかにしていきたい。
遠藤 求
(えんどう・もとむ)
京都大学大学院理学研究科博士後期課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、海外特別研究員(カリフォルニア州立大学サンディエゴ校)を経て、2009年より京都大学大学院生命科学研究科で助教・准教授。2018年より奈良先端大学植物生理学研究室教授。
久保田 茜
(くぼた・あかね)
京都大学大学院生命科学研究科博士後期課程修了。博士(生命科学)。ワシントン大学博士研究員を経て、2018年より奈良先端大学植物生理学研究室助教。
高橋 望
(たかはし・のぞむ)
バルセロナ自治大学・農業ゲノミクス研究センター(スペイン)博士後期課程修了。同センター博士研究員などを経て、2020年より奈良先端大学植物生理学研究室助教兼JSTさきがけ研究者。
左から高橋 望助教、遠藤 求教授、久保田 茜助教