RESEARCH
リズムに合わせてからだを動かすしくみ
体内時計は、24時間の日周期に生活をあわせるための時計である。一方、私たちが普段の生活の中で時間の長短を感じ、正しいタイミングで行動することができるのはこれとは別の時計のはたらきによると考えられている。私たちが無意識のうちに時間を測り、リズムを感じ、これに合わせて体を動かす背景には、「大脳基底核」や「小脳」による処理があることが知られている。とくに、小脳は数十ミリ秒から1秒程度までの比較的短い時間の処理に関係しており、リズム知覚や運動制御に重要と考えられている。一体どのように脳の中で独自の時間が生まれ、タイミングの予測が行われているのか、そのしくみを探ってみよう。
1.脳と時間
日常生活のさまざまな場面で、私たちは時間を計っている。信号待ちをしているとき、バットを振るとき、カラオケで歌い始めるとき、私たちは無意識のうちに時間を計り、適切なタイミングで行動を開始しようとする。ストップウォッチを手にするとちょうど1.00秒で押してみたくなり、しばらく練習するうちにかなり上手くなるが、これは脳内に時計があるからである。時間長そのものを検出する感覚器は存在しないので、時間の知覚は脳内で作り出された神経情報を観測することで生じていると考えられる。体の中で刻まれる「時間」というと概日時計が有名だが、これはおよそ1日(25時間)のリズムで刻まれ、哺乳類では脳の「視床下部」が重要な役割を果たしている。しかし、これは現在の「時刻」をしらせるものであり、日常生活の場面で必要となる、任意の出来事からの経過時間を測るものではない。こうした時間の計測には、大脳とともに「大脳基底核」や「小脳」が関与しているが、これらが処理する時間の長さは異なっていると考えられている(図1)。
(図1) 脳が処理する時間
2.リズムに乗る
脳内に時計があることを理解できる他の例として、音楽に合わせたダンスや手拍子など、リズムに同期して体を動かす状況が挙げられる。生物学的な意義はよく分からないが、音楽に合わせたダンスはあらゆる文化の中に見出すことができる。自発的な同期運動はヒト以外にも一部の鳥類やイルカ、ゾウなどで報告があり、例えば、この動画のオウムは音楽に合わせて頭を振ることができる(動画1)。ところが、ヒトに近いはずのサルではこうした自発的な同期運動が起こらない。一定のリズムが与えられると、ヒトではそれに合わせて指でタッピングをしたり眼を動かしたり、すぐに刺激と同期した予測的な運動をする傾向があるが、サルはいつまでも刺激に少し遅れて運動し続ける。こうしたことから、同期運動は音声コミュニケーションと深い関係があり、音声を真似して学習する種(音声学習者)のみに備わった能力だという仮説が提唱されている。
(動画1) 音楽のリズムに合わせて自発的に同期運動するオウム。
Patel et al. (2009) Current Biology, 19(10):827-830, doi: 10.1016/j.cub.2009.03.038より許可を得て転載。
3.サルはリズムに乗れるのか?
では、サルがリズムに乗らないのは、リズムを知覚する脳内時計を持っていないからなのだろうか?脳機能画像を使った研究によると、ヒトが複雑なリズムにうまく同期して運動できたときには、脳のいわゆる「報酬系※1」が活動することが知られている。私たちにとっては、リズムに乗ることそのものが楽しく、快刺激になるようだ。確かに、音楽に合わせて体を動かすとなぜか心地よい。こうした報酬系のはたらきがあることで、音声学習者は自発的にリズムに同期するようになるのかもしれない。一方で、他の多くの動物が自発的に同期運動をしないのは、同期する能力が無いのではなく、それを報酬と感じないからではないだろうか。
※報酬系:食料や水、金銭、社会的名誉など正の動機や快情動を生む報酬に対して活動する脳内ネットワーク。
こうした可能性を調べるために、同期運動に成功すると外的に報酬が与えられるようにしてサルに行動課題を行わせてみた。一定の時間間隔で画面の左右に交互に現れる視覚刺激(標的)を目で追わせると、上述したようにサルは標的に少し遅れて目を動かすが、ごくたまに目の動きと標的のタイミングが一致することがある。その直後に少量の報酬(ジュース)を与えることを繰り返した。すると、数週間のうちにサルは同期運動を学習し、反応時間をゼロにすることができた(図2・図3)。さらには訓練したのとは違ったテンポや方向に対しても運動を同期させることができ、単に特定の運動パターンを覚えたわけではないことがわかった。また、あまりにゆっくりした音楽には乗れないように、ヒトでも刺激の呈示間隔が2〜3秒(20〜30回/分)になると同期運動ができなくなることが知られている。それと同様にサルも刺激間隔が1.8秒を超えると同期できなくなり、リズムに合わせて運動する機能には時間的な限界があることが分かった。このように、報酬を与えて動機づけをすれば、音声学習者と同様に、サルでもリズムに合わせた同期運動ができることが明らかになった。
(図2) 同期運動の訓練
画面の左右に交互に現れる視覚刺激(標的)を目で追わせる。
(図3) 同期課題と反応課題
同期課題と反応課題の訓練結果の比較(左)。 同期運動をしているときには、刺激に対する反応時間が0に近づく(右)。
4.同期運動のメカニズム
では、こうした同期運動に必要な時計は、脳のどこに存在するのだろうか?ヒトの脳機能画像を使った研究によれば、同期運動しているときに活動が高くなる脳部位のひとつに小脳後部があり、ここで同期運動に必要な情報処理が行われている可能性がある。 小脳は運動を正確に行うために必要な脳部位で、ここが障害されると運動が粗雑になって、ちょうどお酒に酔ったような状態になる。小脳に損傷のある被験者の行動解析から、小脳は「予測制御」に関係し、何かにつまずいたときや飛んできたボールをキャッチするときなど、次に起こる状況を予測し、それに先回りして体を動かす際に必要になると考えられている。同期運動を行うときも、刺激のタイミングを予測して運動する必要がある。また、運動がリズムからずれてしまった時には、その時間誤差を検出し、予測をたえず更新する必要がある。小脳が同期運動に必要なこうした情報をもっているのか調べるために、同期運動を学習したサルの小脳(歯状核)から神経活動を記録した。(図4)。
(図4)小脳の単一神経の活動を記録
すると、小脳には①標的の周期と同期して活動するもの(両側タイプ:動画2)、②特定方向に目を動かす直前に活動するもの(片側タイプ:動画3)、③目を動かした直後に活動するもの(運動後タイプ)の3種類の神経細胞があることが明らかになった。
(動画2) 同期眼球運動中に小脳核から記録された片側ニューロンの活動
(動画3) 同期眼球運動中に小脳核から記録された両側ニューロンの活動
周期的な標的に対して同期運動を行っているときと、ランダムなタイミングで次々に呈示される標的に対して反応性の運動を行っているときの神経活動を比べると、①の両側タイプの神経細胞だけが同期運動中に活動を上昇させていた。このことから、リズムに合わせた同期には両側ニューロンのもつ情報が重要と考えられる(図5)。
(図5) 同期運動には両側タイプの神経活動が重要である
さらに、神経活動と標的を呈示するタイミング、運動のタイミングとの関係を詳しく調べると、両側タイプは運動そのものよりも標的に一致した活動を示し、標的のタイミングを予測していると考えられた。一方で、②のタイプは次の運動のタイミングとよく相関した活動を示し運動の制御に、③のタイプは標的と運動の時間差と相関した活動を示し、同期運動のタイミングのズレ(エラー)を検出することに関与すると考えられた。このように、小脳ではリズムに同期して動くために必要となる3種類の情報が、それぞれ別の種類の神経細胞によって表現されている。小脳核は視床を介して大脳皮質に広く信号を送っていることから、小脳は同期運動を行う際の運動制御信号とともに、刺激の時間構造を予測する「内部モデル※2」の生成や、これをアップデートするための誤差信号を大脳の異なる領野に送ることで同期運動に寄与していると考えられる(図6)。
(図6) 小脳の神経活動のリズムとその役割。
※内部モデル:学習によって脳内に外部世界のモデルを構築し、予測や脳内シミュレーションを行う機能。
運動しなくてもリズムは感じる
運動を伴わない「リズム知覚」と小脳の関係を調べるために、画面の中央に固視点を呈示し、その周りに一定間隔で視覚刺激を繰り返しフラッシュさせた。ランダムな回数の後に繰り返し刺激を1回欠落させ、これに反応して目を動かすようにサルを訓練した(図)。出てくるはずの刺激が「無い」ことを検出するためには、刺激が繰り返されるテンポを学習し、次の刺激が出るタイミングを正確に予測しておく必要がある。このときの小脳核の神経活動を調べたところ、刺激のタイミングに合わせて活動を周期的に変化させる神経細胞が存在していた。これらは同期運動の際に記録された両側ニューロンと同じように、繰り返し刺激のタイミングを予測することに関与しているものと思われる。一方、繰り返し刺激の色が変化したときに目を動かすように課題を変更すると、これらの神経細胞の活動は大きく減少した。これは、色の変化を検出する課題ではサルはタイミングを予測する必要がないので、時間予測に関係した神経細胞も活動を弱めたものと考えられる。
固視点の周りで繰り返しフラッシュする刺激の欠落を報告するようにサルを訓練すると、小脳では両側タイプと同様の周期的な活動があらわれる。
また、この場所に薬物を注入して神経活動を抑えると、刺激が「無い」ことを検出する条件では反応時間が遅くなったが、色の変化を検出する条件では変化がみられなかった。これらのことから、小脳は運動を伴わない場合でも、周期的な刺激タイミングの予測に関与することが明らかになった。音楽を聴いているとちょっとしたテンポのずれが気になることがあるが、これは小脳がリズムを正確に予測する内部モデルを生成しているためと考えられる。
5.最後に
普段の行動や知覚に関わる数十ミリ秒から数十秒の時間の測定には、今回取り上げた小脳や大脳基底核といった皮質下の脳部位が重要なはたらきをする。実際にこれらの脳部位が障害される小脳変性症やパーキンソン病などでは時間の情報処理に異常が生じることが知られている。近年、実験動物を使って時間知覚の脳内メカニズムを調べる研究が国内外で盛んに行われており、近い将来、その詳細が明らかになるものと期待される。
田中 真樹
(たなか・まさき)
大阪府出身。1994年北海道大学医学部卒業、1998年同大学院修了。学位取得後、2001年まで米国ハワードヒューズ医学研究所研究員。帰国後、北海道大学講師、准教授、JSTさきがけ研究者(兼任)を経て、2010年より北海道大学医学研究院神経生理学教室教授。
岡田 研一
(おかだ・けんいち)
東京都出身。2003年横浜市立大学理学部卒業、2009年大阪大学大学院生命機能研究科博士課程修了。同大学特任研究員、助教を経て、2020年より北海道大学医学研究院神経生理学教室助教。