BRHサロン
科学少年ジムになる
もともと、未知の世界への興味に誘われて本を読むほうで、幼い頃はといえば、『小公女』よりも『宝島』が好きだった。まるで自分が主人公のジムになった気分で、海や島をかけめぐる。一本足の海賊シルバーとの一騎討ち。宝を発見したときのワクワクする気分。
あるときまで現実にそんな冒険がある気がしていた。しかし成長するにつれて現実の世界は急速に色あせ、夢もロマンも興奮も消えていく。
私が現代において再発見した冒険談—それがなんとサイエンスの本、なのである。
ジョナサン・ワイナーの『フィンチの嘴(くちばし)』を読んだことがありますか。主人公は、ダーウィンに進化論を思いつかせたというガラパゴス諸島のフィンチたち。アメリカの生物学者グラント夫妻が20年間テント持参で島の一つに通い続け、ついに進化の現場をその目で見た一大科学ロマン。夫妻は島に棲む数百羽のフィンチを、サイズから行動、生態まで、一羽一羽克明に記録していく。同時に、餌となる実や種の大きさ、堅さ、割りやすさまで緻密に調べる。降雨と干ばつのなかで、フィンチの集団は繁栄と衰弱を繰り返す。
その20世代にもわたる長い長い観察記録のなかで、生死の分かれ目はくちばしの大きさにして0.5mmの違いであることをついに彼らは発見する。くちばしは全体で1cmほど。太いくちばしをもつ体の大きな個体だけが、干ばつのときでも堅いハマビシの実を割って食べられる。しかしわずかにくちばしが小さければ餓え死にだ。
0.5mmの差が淘汰に関わる!「そんなー」「ウッソー」。彼らが学会で発表したとき、誰もが信じようとしなかったという。私も驚いた。でも、これこそがダーウィンの唱えた自然淘汰の現実なのだ。
読み進めながら、私はいつの間にか自分がグラント夫妻になったつもりで、フィンチを手にし、波間を歩き、ハマビシの実をかんでいた。
科学の中に本当の冒険がある。私もいつか自分自身の物語の中で科学少年“ジム”になってみたい。
「フィンチの嘴」早川書房,1995年
(もり・ふじこ/『SENRI EYES』編集者)
※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。