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Science Topics

DNAが描き出すオサムシの進化

蘇智慧

日本のオサムシの多くは、日本列島の中で独特の進化をとげてきた昆虫である。
形態や交尾片を使って、種の分化・拡散についていくつかの説が出されているが、
生命誌研究館は東京都立大学名誉教授の石川良輔博士との協同研究で、ミトコンドリアのDNAを使って日本産オサムシの系統樹を描き出すことに成功した。


オサムシの起源を化石(オオオサムシの仲間の前翅、鳥取・辰巳峠出土、900万年前)からみると、たかだか3000万年ほど前にしかさかのぼらない。この程度の時間に起きた小進化ならば、ミトコンドリアのDNAに起きた変異は、機能や形態とは無関係な中立の変異と考えてよい。DNAの塩基は、ほぼ一定の速度で置き換わっているので、その差を比較することによって、種や亜種の相対的な分岐年代を決めることができる。つまり、DNAの差は、分岐後の時間の経過を示す一種の分子時計になっている。

進化の歴史からすれば、かなり短い時間感覚の変化を調べることになるので、進化速度の遅いDNA分子は時計として不向きである。また、DNA鎖の長さが十分にないと定量的な誤差が大きくなる。そこで私たちは、ミトコンドリア遺伝子としてはかなり長く、もっとも進化速度が速いND5 遺伝子を使うことにした。アルコールづけのオサムシを使い、胸部の筋肉組織からDNAを抽出し、PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法で目的のDNAを増やす方法である。昨年4月にプロジェクトをスタートさせ、約8カ月かけて日本産オサムシのほとんど全種(55(亜)種)の塩基配列(それぞれ1083塩基対分)を決定できた。

結果は、これまでの形態分類をほぼ支持している。分岐順については、形態分類でかなりな祖先型といわれているカタビロオサムシ(通常オサムシは後翅が退化しているが、この種は後翅がある)が、やはりいわゆるオサムシの種と遠く、153塩基の差があった。

化石の年代から推定したこの場合の1塩基の差は20万年ぐらいに相当する。オサムシは約3000万年前にカタビロオサムシから、さまざまに分化・拡散していったことがわかる。23塩基ほどしか違わない種(ルイスオサムシとクロオサムシなど)もあり、これらはたかだか460万年ほど前に分岐したことを示唆している。

この系統樹をもとに、たとえばカタツムリを食べることで知られる頸の長い日本固有のマイマイカブリ(1亜種・1種・9亜種)の進化・拡散の様子を見てみよう。この仲間には、ほかに中国を中心として朝鮮・対馬・沿海州の一部に分布すつカブリモドキ亜属と、沿海州・朝鮮・サハリン・北海道に分布するクビナガオサムシ亜属がいる。約2000万年前の日本列島が中国大陸と地続きだった頃、マイマイカブリの祖先型ができ、大陸周辺部から分離後、エゾマイマイカブリ、コアオマイマイカブリ、ヒメマイマイカブリ、ホンマイマイカブリなどが分岐、北海道や東北、中部、四国、九州へと拡散していった。その後、クビナガオサムシのある種が沿海州、樺太を経て北海道に侵入し、あの宝石色のオオルリオサムシになった— こんなストーリーが浮かんでくる(下図参照)。

日本列島が大陸と陸続きの古い時期に成立、祖先型が複数の経路で侵入し、各(亜)種に分化した、と考えられる。系統樹の先が見事に現在の分布に対応している。(*印は、形態的には同亜種とされたが、DNA解析の結果、古くに分化していたことがわかったもの)

DNAの分岐年代と、地質学的な日本列島の形成史を重ねていくと、日本産オサムシの進化の様子がかなり厳密に描き出せるはずなのだが、残念ながら地質学的な変化の模様を確定した研究はまだないようである。アマチュア昆虫研究家の桂孝次郎氏は、「われわれは、これまで地質屋さんのつくった古地理図に合わせて生物の系統進化を展開しようとして、コロコロ変わる説に振り回されてきた。これからは、逆に虫屋から日本列島形成史を提案できるのではないか」と、私たちが開いた研究会で提言した。同感である。

昆虫の系統分類にミトコンドリアDNAを用いた研究は、ショウジョウバエや蝶、蜂などで散見されるようになった。しかし、オサムシのような甲虫を使った解析は、私たちの研究が世界でも最初である。今後、私たちの研究をモデルとして、他の昆虫でも解析が進めば、昆虫系統分類学の飛躍的な発展が期待される。

DNA解析によって得られた日本産オサムシの系統樹

遺伝子DNAの変化を比較することで、種や亜種の相対的な分岐年代を決めることができる。縦軸の時間は、化石からの推定。( )内は分布地域。*を付したものは、同(亜)種内での塩基配列の差が大きいため、とくに採集地を特定したもの(分布は石川良輔<1985>による)

(左)アオカタビロオサムシ 、(中央)セアカオサムシ、(右)オオルリオサムシ

オサムシ採集や文献などで協力をいただいた方々:阿部東、別所義隆、波多野良次、本間健一、伊藤勝彦、桂孝次郎、久保田耕平、小阪敏和、宮下公範、宮武頼夫、村上貴望、中根猛彦、高見泰興、寺田勝幸、富永修、氏家昌行、保田信紀(アルファベット順・敬称略)

(スー・ズィ・フイ/生命誌研究館奨励研究員)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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