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Science Topics

CO2から石油を合成する細菌

今中忠行

現代文明は石油の上に成り立っているといってよい。この石油というしろものは、生物が関与してできたものでありながら、現在の生態系には組み込まれていない。そのため文明が発達すればするほど、海洋汚染や二酸化炭素の増加による温暖化を引き起こし、生態系のバランスを崩すものと考えられてきた。

しかし、人類が放出した二酸化炭素を逆に石油に変え、生態系のバランスを取り戻す微生物が、静岡の油田のまっ黒なタールの中にいた。それが、私たちが発見した、廃液処理などに活躍しているシュードモナス属の細菌の仲間である。

油田に注目したのは、海洋汚染のなかでも近年クローズアップされてきた、タールボールの処理のためである。海に流出した石油は、物理的に取り除くか、界面活性剤で分散させて微生物で分解するしかない。
 

(写真1)
石油を取り込んでいるときのHD-1株。栄養培地では凹凸に富んだ厚い細胞膜に覆われた細胞構造をとる。細胞内に取り込まれた油滴が多数観察される

界面活性剤とからんだ石油は、しばらくするとダンゴ状 (タールボール) になって、酸素のない深い海の底に沈んでしまう。酸素があるなら石油を分解できる細菌の存在は、30年以上前に知られていた。もし、無酸素で石油を消化する細菌がいれば、海底のタールボールを分解することが可能になるだろう。

静岡の油田は、つねに石油が土壌中にわいているが、そばの小川には油が浮いてこない。ということは、土壌のどこかに酸素なしで石油を分解する細菌が含まれているのではなかろうか。

油田から採取したサンプルを石油培地に加え、無酸素ガス (CO2、H2、N2の混合気体) を吹き込んでみた。2週間ほどで、この培地で安定して生育する細菌が1株得られた。シュードモナス属の新種と判断され、シュードモナス・アナエロオレオフィラHD-1株 (無酸素条件で石油を好むの意) と命名した。
 

(写真2)
石油を合成しているときのHD-1株。細胞内に生成した石油の油滴が見られる。細胞膜の凹凸が少ない

その後、この細菌の生育には二酸化炭素が不可欠であることがわかり、石油以外に二酸化酸素も炭素源として利用している可能性が出てきた。そこで先の培地から石油を抜き、二酸化炭素と水素を主体とした無酸素ガスを吹き込んで生育させた。すると乾燥菌体から石油成分が抽出され、石油を合成する能力もあることがわかったのである。

この細菌は、エネルギー源としての石油が豊富にあるときはそれを取り込み (写真1)、石油がない環境では二酸化炭素を還元し、石油を合成してため込む (写真2)。今後、遺伝子解析を進め、遺伝子操作で石油生産能力の高い新種ができれば、と考えている。

酸素も光も必要とせず、二酸化炭素と水素を利用する生物が、進化のなかでどのような位置づけになるのか興味深い。だがそれ以上に、これからの人類にとっても、環境問題にとどまらない大きな可能性を秘めている。地球上でこそHD-1の性質は奇妙にうつるが、それは地球の大気には生物が40億年かかって蓄えた酸素が20.9%もあるからである。宇宙では二酸化炭素や水素のほうが一般的なのだ。

火星の大気は95.3%が二酸化炭素であるのに対し、酸素はわずか0.3%。木星は水素が89%で、酸素はほとんどない。人類が宇宙に進出する上で、この細菌は重要なパートナーとなる資質をもっている。
 

(いまなか・ただゆき/大阪大学工学部応用生物工学科教授)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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