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Special Story

寄生植物の進化の系譜

ラフレシアとその仲間たち:堀田満

直系1mを超えることもある巨大な花を咲かせるラフレシアは、奇怪な花の代表とされる。ぼってりとした肉質の赤い花は血や肉を思い起こすことから「植物のドラキュラ、吸血花」などというとんでもない名前がたてまつられることもある。でも、寄生植物ではあっても、ラフレシアは「吸血鬼」ではない。

ラフレシアは珍奇か?

もう25年以上も前のことだが、インドネシア・キナバル山麓にあるポリン(Poring)と呼ばれる温泉の近く、大きな滝に行く道端でラフレシア・プリケイ(R.precei)を見た。それが私とラフレシアとの最初の出会いだった。

ラフレシアは、どの植物にも寄生するというものではなく、必ずブドウ科のミツバカズラ(ブドウカズラ)属Tetrastigmaのつるに寄生している。だからミツバカズラがなければラフレシアもない。

ラフレシアの開花は大エベントになり、新聞で報道されるとたくさんの見物客が集まる。私も一度西スマトラで新聞を頼りにラフレシアの開花を見物に行ったが、近くに駐車場ができて、飲み物売りの茶店も作られて大騒ぎだった。ところが実物のラフレシアはかんかん照りの農家の庭先にあり、どこを見てもミツバカズラはない。近くの谷で見つけて切り取ってきたものであることがたちまち判明した。

ミツバカズラは湿った土地を好み、原生林の中では巨木が枯死したり、突風で倒れてできたギャップと呼ばれる明るい場所でつるを伸ばして茂る。また、谷川の近くの明るい林の緑や、原生林が人間に切り払われたあとに形成される二次林にも多く見られる。

ラフレシアは、だから山奥の原生自然の林だけに生息する珍奇な植物というよりは、人為が加わった林に多い植物である。

【ラフレシア・カントレーR.cantreyi

マレー半島の中部から北部にかけての山岳地帯で見つかる。花の直径は60~90cm。蕾は民間薬として珍重されており、咲く前に採取されてしまうことも多い。4輪同時に咲く(1輪手前の後ろ)のは非常に珍しい


位置づけは謎

ラフレシアのように葉緑体を欠き、独立自養の生活ができなくなった完全寄生の植物は、植物界全体の中でもごく少数派である。いずれも光合成で有機物を作り出す能力はないから、生きた植物に寄生して水分や養分を収奪して暮らしている。寄生生活をしている植物の中には、ヤドリギのように葉緑体をもっていて光合成はするが、水分は他の植物から得ているという半寄生植物も多く存在するし、ギンリョウソウのように葉緑体をもっていなくて菌類から水分や養分をいただくという腐生植物もある。光合成をしている独立生活の植物から、植物の生活様式としては異質な半寄生や完全寄生の生活様式、あるいは菌を食べて生活する腐生生活がどのような道筋を経て発展してきたかは、生物の進化の過程を探るうえで興味深い問題である。完全寄生をする植物は一つの系統群に限られているのではなく、いくつも植物群に独立してみられるから、独立栄養をしている植物から複数の道筋を辿って寄生植物が分化してきたと考えられる。

ラフレシア目が、被子植物の分類体系のどこに位置するのかはまだ謎に包まれたままだ。しかし、少なくとも東南アジア地域で分化しているラフレシア連(ラフレシア、サプリア、リザンテスの3属)は、ミツバカズラとの特殊な寄生関係から系統的にも近い関係にあると思われる。

【ラフレシアさまざま---熱帯の林床にひっそりと咲く巨大花】

ラフレシア目ラフレシア科ラフレシア属はさらに15種に分けられている。その分布は非常に限られていて、東南アジアの熱帯(インドネシア、マレーシア、タイ南部、フィリピン)にだけ生育している。それぞれのラフレシアは花弁の形や大きさ、斑紋の色や形が微妙に違っていて、それぞれに美しい。

・ラフレシアの生育地

❷ラフレシア・カントレー R.cantreyi
❸ラフレシア・アーノルディ R.arnoldii
大きいものだと1m以上にもなる最大種。最初に発見された
❺ラフレシア・プリケイ R.precei
それほど大きくはないが,赤と白のコントラストが美しい上品な花である
❻ラフレシア・ミクロピロラ R.micropylora
中央の窓が非常に小さく,六~七角形と独特。花の大きさは30~60cm
❼ラフレシア・ケイティ R.keithii
アーノルデイの次に大きくなる種。1m近くなるものもある
❾ラフレシア・ハッセルティ R.hasseltii
❿ラフレシア・マニラーナ R.manillana
ルソン島にだけ知られている貴重な種。花は15~20cmで小さくかれん
⓫ラフレシア・テンクーアドリニ R.tengku-adlinii
あざやかな赤色の花弁をもつ。大きさは20~30cm
⓬ラフレシア・トゥアンムデ R.tuan-mudae

「自己と他者」の認識システム

寄生植物と宿主になる植物との関係はさまざまである。特定の宿主植物にしか寄生できないものから、系投的にまったく違った植物にでも寄生できるものまである。

植物は動物ほどは厳密な自己と他者との「区別のシステム」は発達させなかった生物群である。だから、近縁な植物間であれば、種類が違っても、場合によっては属が違っても接ぎ木ができる。もし、「区別のシステム」が高等な動物のように発達していたら、接ぎ木によって接がれた植物が養分を受け取って生育できるようなことはなかなか起こらないだろう。それでも接ぎ木ができるのは比較的近縁な植物間でだけである。近縁な関係であってこそ組織の接着の親和性があって養分の受け渡しが可能になるのだ。この接ぎ木には二次分裂組織の形成層が接着に重要な役割を果たす。形成層を欠く単子葉植物では「木に竹を接ぐ」ことは論外だが、「竹に竹を接ぐ」ことも成功しない。

おもしろいことに現在まで知られている寄生植物はすべて、形成層を有している双子葉植物に限られていて、単子葉植物には一つもない。寄生のメカニズムは、どこかで接ぎ木のメカニズムと似たところがあるのだろう。

寄生植物と宿主植物の組織は細胞レベルでは区別はできるが、組織的には融合している。両者を区分するコルク層のような特別 な組織は形成されない。不思議なことに宿主の植物は寄生植物の侵入を易々と許している。寄生植物は宿主植物のようなふりをして侵入するのにちがいない。ラフレシアとミツバカズラの関係も、宿主植物の細胞膜の他者認識システムを麻痺させているのか、それとも侵入者を自己と同じと誤認するように宿主に強いるのかどちらかだろう。

【ラフレシアの仲間たち】

(左)【ギンリョウソウ】

イチヤクソウ科の腐生植物    
 

(右)【ナンバンギセル】

ハマウツボ科。ススキやショウガに寄生する完全寄生植物

 

古い起源

ラフレシアと近縁の完全寄生の植物たち(ラフレシア科やヤッコウソウ科)の分布域は熱帯や温暖な地域に限られている。世界の三つの熱帯地域、東南アジア熱帯・アフリカ熱帯・アメリカ熱帯は、現在では広大な海洋によって完全に隔離されている。寄生植物たちが海を渡って分布を拡げたとは考えにくい。私たちが現在見ている、これらの寄生植物たちの起源は、古く、まだ恐竜たちが共存していた中生代白亜紀にまでさかのぼる出来事だったのだろう。長い進化の歴史を経ているということが、それぞれの群がそれぞれなりに特定の宿主植物群と完全な相互関係を作り上げたことにも反映しているのだろう。この壮大な生命の歴史の解明のためにも、リボソームRNAやミトコンドリアDNAの塩基配列の解析だけでなく、寄生植物たちと宿主植物の「自己と他者」の認識システムの分子生物学的な研究の進展が待たれる。

【蕾形成後、間もない頃のつるの断面】

ラフレシアとミツバカヅラは細胞レベルでは区別 できるが組織的には融合している。

堀田満
(ほった・みつる)

大阪府立大学、京都大学大学院で学ぶ。神戸女子大学講師、京都大学助教授を経て、現在、鹿児島大学理学部教授。種生物学会会長。PPH植物映像情報研究センター事務局長。『植物の進化生物学3 植物の分布と分化』(三省堂)、『スマトラの自然と人々』(八坂書房)など編・著書多数

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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