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BRHサロン

JAZZ『直立猿人』考

島田裕巳

僕が高校1年のときに、突然ジャズを聴きはじめたのは、ポピュラー音楽の雑誌に載っていた評論家の植草甚一さんの文章を読んだからだった。植草さんは、京都のイノダのコーヒーがいかにおいしいかから話をはじめ、古本屋めぐりやジャズを聴くことの楽しさを語っていくのだが、とくに僕の関心を引いたのが、チャールス・ミンガスの『直立猿人』という曲のことだった。植草さんによれば、ミンガスのグループは、人間の祖先が二本足で立とうとする場面を、音楽によって表現しているというのである。

僕は、この『直立猿人』が聴きたくて仕方がなくなってしまったのだが、あいにく家にはステレオがなく、ラジオのジャズ番組を聴くしかなかった。残念ながら、『直立猿人』の曲はなかなかかからなかったのだが、いつのまにか僕はジャズそのものが好きになっていた。『直立猿人』を実際に聴くまでには、しばらく時間がかかったように記憶している。

ジャズを聴きはじめた頃の私

たしかに、ミンガスのグループの演奏を聴いていると、人間の祖先がとてつもない努力の末に、ようやく立つことの喜びを知っていった様子がよくわかり、聴く者を感動させる。レコードのジャケットも直立猿人の姿をしゃれたかたちで表現し、曲のイメージをさらに強化している。

ミンガスは黒人であり、ジャズを通して黒人に対する人種差別と戦い続けたことで知られている。この『直立猿人』にしても、人類の進化の過程をモチーフにしたのは、アメリカの社会で人間以下の扱いを受けてきた黒人が、“人間として” 立ち上がろうとする姿を描こうとしたからであろう。進化の思想は、ときに被抑圧者の武器にもなるのだ。

(しまだ・ひろみ/日本女子大学助教授)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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