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ミトコンドリアの核様体
遺伝情報の担い手であるDNAは、そのほとんどが細胞核の染色体に存在している。しかし、真核生物の細胞内で呼吸と光合成をそれぞれ担っているミトコンドリアと葉緑体も、固有のDNAをもち、核と独立にDNAを複製して増殖する。このため、ミトコンドリアや葉緑体は、バクテリア様の原核生物が細胞に寄生したのではないかと考えられている。
こうした小器官のDNAは、大腸菌などの細胞に見られるように裸のまま存在し、複雑に折り畳まれた真核細胞の染色体のような高次構造はとっていないと思われていた。しかし、菌類(酵母、粘菌)の研究から、ミトコンドリアのDNAがタンパク質と結合した核様体と呼ばれる構造をしていることが、近年になってわかってきた。しかも、ミトコンドリア同士が細胞周期のある時期に結合し、核様体が融合してDNAの組み換えが起こる可能性も報告されている。
私は構造としての核様体に興味をもち、原生生物のユーグレナ(ミドリムシ、単細胞生物)で、そのミトコンドリアDNAも真核細胞の染色体と同じような構造をもっているかどうかを調べることにした。構造があるとしたら、それはやはり細胞の分裂・増殖の周囲に合わせて、分裂や増殖を行っているのだろうか。
ユーグレナは葉緑体をもつ植物型細胞だが、細胞壁がなく鞭毛があって水の中を動物のように動きまわる(写真①)。葉緑体とミトコンドリアのDNAを区別するのは技術的に難しい。そこで私は、ミトコンドリアのDNAだけを観察できるように、葉緑体をもたないミュータントを作った。ミュータント・ユーグレナの細胞を染めて蛍光顕微鏡でのぞくと、やはりミトコンドリアに核のような構造があるのが見えた。この核様体は分裂して娘細胞に分配される。分裂するときは、一つ一つの核様体の大きさが約2倍になって、亜鈴状となり、中央部でほぼ等分にちぎれていく。このときに、菌類で報告されているような核様体の融合は見られなかった。
写真①ノマルスキー顕微鏡下で撮影したユーグレナ(ミドリムシ)細胞。矢印の部分に鞭毛が見える。
菌類のミトコンドリアは細胞周期のフェイズによって形を変えるのに対して、ユーグレナのミトコンドリアは常に網状をしている。核様体DNAはその中に散在しているのである(写真②)。免疫電顕法でさらに細部を観察すると、ミトコンドリア核様体は球または短い棒状の形に折り畳まれたDNAを含む繊維のかたまりになっていることがわかった(写真③)。
写真②ミトコンドリアを染める蛍光色素DiOCとDNAを染めるエチナジウムブロマイドで二重染色したユーグレナ細胞。葉緑体をもたないミュータント株を用い、蛍光顕微鏡で観察した。緑色の蛍光を発するミトコンドリアの中に赤い蛍光を発するミトコンドリア核様体(矢印)が認められる。棒線は10ミクロン。(Journal of Cell Science, 93巻, 566ページより)
原生生物である単細胞藻類の細胞内小器官のDNAが、こうした染色体様の構造をもつことはどんな意味があるのだろうか。原核生物よりも進化した段階の生物が、真核細胞と共生したのだろうか。それとも、共生した原核生物のDNAが宿主の中で独自に構造を獲得していったのだろうか。ユーグレナのミトコンドリアは、つきない興味をかきたててくれる。
写真③ミトコンドリア内のDNA領域を抗DNA抗体を用いた免疫電子顕微鏡法で調べた。金粒子の落ちているところがDNAの存在を示す。ミトコンドリア核様体は直径70~130nm(ナノ・メートル=10-9m)の球または短い棒状をしている(Journal of Cell Science, 105巻, 1163ページより)
(いしまる・やすこ/生命誌研究館奨励研究員)
※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。