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Column

生命のシンフォニー 共進化する蝶と食草

中村桂子のアート&サイエンス―炎が描く生命の継承―

DNAが、素敵な思い出を作ってくれました。

DNAは、ご承知のように二重らせん構造をしており、絵のようにこの鎖が分かれて、新しい鎖を2本作り、複製していきます。通常の説明はここまでで終わりですが、実際の複製は、 ちょっと複雑なのです。じつは、DNAの2本の鎖は、お互いに逆向きになっています(絵の一方は5'→3'、他方は3'→5'となっている)。そして、新しい鎖は、5'→3'という方向にしかできないので、一方の鎖は、逆向きに小さな断片を作っては、それをつないでいくしかありません。お裁縫の返し縫いです(若い人には通じないかな)。このとても大事な事実は、故岡崎令治博士が発見なさったので、この断片を、岡崎フラグメントと呼びます。

さて、話は一変します。平安建都1200年を祝う催しとして、京都市役所前の広場で「長安からのお祝い」という作品が発表されました。作者は中国のアーティスト蔡國強(ツァイグォチャン)さんです。彼は、広場に盛った10m四方ほどの土に二つの模様を描きました。一つは、古代中国人が宇宙・生命のイメージとした吉祥文様。これは、中国の遺跡の壁画などによく見られ、生命のつながりを現しています。もう一つはDNA。蔡さんは、21世紀を迎えようとする私たちにとっての生命のつながりの象徴としてDNAを選んだのです。

 蔡國強「長安からのお祝い」京都市役所前

(上)燃え上がる二重らせんの近景(写真=森山正信)。
(下)上から見た全景。

アルミパイプで描いたこれらの模様に、中国から運んだお酒1200ℓを流し、それに火をつける。ゆったりと流れていくお酒とともに炎が流れ、古代中国の吉祥と現代日本のDNAとがつながった文様が夜空に浮かび上がるという趣向です。壮大で美しい、生命の継承、時の流れの表現です。

この文様のために、DNAの正確な構造を教えて欲しいと頼まれ、形を説明しているうちに、ふと思いつきました。DNAの二重らせんにお酒を流すときに、一方の鎖だけに流したらどうだろうと。鎖が交叉するところまできたお酒は、先に流れていくと同時に、もう一方の鎖を逆に流れるでしょう。つまり、実際のDNA複製を思わせる返し縫いの形がここにできあがります。

名古屋大学教授でいらした岡崎令治さんは、日本の研究条件があまりよくない時代に、独創的な仕事をなさりながら、若くして白血病で亡くなりました。世界的に名を馳せた岡崎フラグメントのイメージが、京都の春の夜空に輝く。それは、長安から京都へのメッセージであると同時に、中国人アーティストが、日本の科学者の独創性を美しくよみがえらせてくれたものになりました。

(なかむら・けいこ/生命誌研究館副館長)
※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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