Special Story
サイエンティフィック・イラストレーションの世界
科学性と芸術性を両立させつつ生き物を絵画で表現していくのがサイエンティフィック・イラストレーションの世界。
日本ではまだなじみのない分野だが、欧米では長い歴史と伝統をもっている。
本場・アメリカのスミソニアン・国立自然人類歴史博物館に留学した木村政司氏に、科学と芸術の華麗な二人三脚の現状を報告してもらい、合わせて国内外イラストレーターによる生物画の誌上競争展を試みた。
図版で見るサイエンティフィック・イラストレーション小史
解剖図は、サイエンティフィック・イラストレーションのはしりであり、医学の進歩に大いに寄与している。カメラのない時代に、イラストはものの姿を正確にとどめる唯一の手段だった。当然そこには芸術性よりも写実性が重んじられたが、万能の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452~1519)に見られるように、芸術と科学は不可分に融合していた(『解剖手稿』)。
ベルギー生まれの天才、アンドレアス・ヴァサリウス(1514~64年)が29歳で出版した『ファブリカ』(人体の構造に関する7つの本)は、芸術性を保ちながら科学性が全面に出た名著といえる。木版画によるこの図版では、死体の解剖図でありながらそこに描かれた骨や組織が、不思議な生命力を感じさせている。ときに、解剖中に飛んできたハエまでが描かれたりして、現場のリアルな雰囲気までが伝わってくるのである。
この『ファブリカ』が170年を超えて日本の江戸時代の解剖図『解体新書』にも影響を及ぼしている。図版画家の小田野直武(1749~80)が描いた図は、明らかに『ファブリカ』を模写したものだが、原画における人体の陰影の意味をあまり理解しているとは思えない。
ビドローの『解剖学』(1685年)やフランスで1853年に出版されたハーシュフェルトの『神経組織の解剖』になると、石版画に鮮やかな手着色がほどこされ、それは科学的な美といえるような見事さがある。
ボタニカルアート(植物画)の歴史もサイエンスとアートの統合のうえに成り立っている。英国で刊行された自然誌の叢書でブランドの邦訳『植物図鑑の歴史』(八坂書房刊)は名著で、この中にも出てくるフランスの花の画家ルデュテやイギリスはヴィクトリア時代が生んだもっとも多作であった植物画家ウォルター・フッド・フィッチの図版は、その美しさにほれぼれとさせられる。
ルデュデ『ユリ科植物図譜』(写真提供=八坂書房)
(きむら・まさし/サイエンティフィック・イラストレーター)
※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。