Special Story
サイエンティフィック・イラストレーションの世界
科学性と芸術性を両立させつつ生き物を絵画で表現していくのがサイエンティフィック・イラストレーションの世界。
日本ではまだなじみのない分野だが、欧米では長い歴史と伝統をもっている。
本場・アメリカのスミソニアン・国立自然人類歴史博物館に留学した木村政司氏に、科学と芸術の華麗な二人三脚の現状を報告してもらい、合わせて国内外イラストレーターによる生物画の誌上競争展を試みた。
コンピュータが描き出す新世界
私がペンに代わってコンピュータで絵やイラストを描くようになって8年になる。いまでは、コンピュータ・グラフィックスは必ずしも珍しいものではなくなっているが、1984年にマッキントッシュのコンピュータを初めて買ったときの、スミソニアンの同僚たちの反応はいまでも強い印象となって残っている。ある者は「そんなもので、本当のサイエンティフィック・イラストレーションを描けるわけがない」と言い、ある者は「これは、アートじゃない」と言った。私は彼らの言い分に同意しなかったし、いまでもその気持ちに変わりはない。
私たちの仲間には、アート(芸術)という言葉にこだわる者が多いが、サイエンティフィック・イラストレーションの目的はそれが壁に飾られて観賞されることではない。生き物についての正確な情報を視覚的に形づくることこそが、まず大事なことなのだ。たとえ私たちの作品が、芸術的にもアピールするものになったとしても、それは一義的な価値ではないと考えている。私たちの作品の99%は壁に飾られるわけではなく、箱の中や紙に包まれて保管されるものだし、役目がすめばときには廃棄されることだってあるのだから。
コンピュータによる「デジタル・グラフィックス」の世界は、電子の力を借りた一つの魔法だと思っている。コンピュータと格闘してきたこの8年間というもの、ときには落胆も味わったが、紙とペンでは得られないたくさんの表現手段や効果を、ブラウン管上で見出すことができた。いまでは、過去のどんなサイエンティフィック・イラストレーションでも、コンピュータで描けないものはないし、それ以上の表現能力がコンピュータにはあると信じている。
もちろん、コンピュータが万能だと考えるのも間違いである。コンピュータを使おうと使うまいと、「描けない人は、何を使っても描けない」。1976年に、私はサイエンティフィック・イラストレーターのギルド機関紙(※1)に、「基本に帰れ」という一文を寄稿したことがある。それは、いまでも、いつでも正しいと思う。
ここにあげたイラストの一つ(※2)は、コンピュータ・グラフィックスの限界に挑戦した作品である。これからも、コンピュータは表現できる世界を広げていくにちがいない。そのとき、私のイラストはもっと大きな変化を遂げていると思う。
※1
<ギルド・オブ・ナチュラル・サイエンス・イラストレーターズ>
自然科学分野におけるサイエンティフィック・イラストレーターのための非営利団体。全米を含む世界19カ国約1200名のメンバーからなり、医学、生物学、植物学、考古学、海洋学、昆虫学、鳥類学、地理学、古生物学、天文学、航空宇宙などに及ぶ多彩な分野で活動している。
具体的にメンバーのいる国は、アメリカ、アルゼンチン、オーストラリア、ベルギー、バミューダ、ブラジル、カナダ、コスタリカ、イギリス、ノルウェー、ポルトガル、ロシア、南アフリカ、韓国、スペイン、ベネズエラ、ジンバブエ、日本。年10回ニューズレターを発行し、9月から5月の毎月第3週にスミソニアン・国立自然人類歴史博物館にて月例のミーティングを行う。
※2
ゴミムシの一種
(マッキントッシュ/アドビ・フォトショップ使用)
(ジョージ・ペナブル/スミソニアン・国立自然人類歴史博物館シニア・サイエンティフィック・イラストレーター)
※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。