1. トップ
  2. 季刊「生命誌」
  3. 季刊「生命誌」4号
  4. BRHサロン ヒトはマウスのミュータント

BRHサロン

サイエンティフィック・イラストレーションの世界

ヒトはマウスのミュータント:勝木 元也

近ごろ「ヒトはマウスのミュータント」という言葉が頭から離れない。そんなこと当然と思われる方や、無意味だと思われる方などさまざまだろうが、とにかく頭から離れないのだ。

もう1年以上も前になるが、溝淵潔さん(東京大学生化・現電気通信大学)と何かの会の帰りの立ち話のとき、「君、最近何してる」と聞かれたのがきっかけだった。「マウスの遺伝子を、人の遺伝子に置き換えているところです」と答えた。すかさず「ああ、ミュータントをつくっているのね」というのが答えだった。たしかにそうだ。

マウスの遺伝子をヒトの遺伝子に置き換えようとしているのには、理由がある。ヒ卜もマウスもp53という「がん抑制遺伝子」をもっている。ヒトの場合、がんの多くでこの遺伝子のつくるタンパク質の248番や249番のアミノ酸(どちらもアルギニン)に点突然変異が起きて、トリプトファンになっている。ところが、ヒトと違ってマウスのがんにp53の突然変異を見出すのはまれなのだ。

遺伝子の塩基配列を見てみると、その理由がわかったような気がした。アルギニンに対応する六つのコドンのうち、ヒトの248番や249番は、CGGとAGGであり、マウスはCGCとCGAを使っている。一方、トリプトファンのコドンはTGGだけである。マウスの場合は、ヒトの場合と同じように、いずれもアルギニンだが、初めの文字に突然変異が起こっても、一文字だけならトリプトファンへの変異は絶対に起こらない。

アミノ酸配列から見るとヒトもマウスも変わらないのに、突然変異が起こると潜在的にはすっかり異なる生物現象を引き起こすことが期待されることがわかる。ここまで考えてくると、マウスをがん発生のモデルにするには、突然変異が起こってもヒトと同じように機能する遺伝子に、置き換えてやらねばなるまい。

最近そのうまい方法を確立できたが、できてみると、いろいろアイデアが湧いてきて、近いうちにかなり賢いと見えるような、すなわち、ちらりとヒトを感じさせるようなマウスができるのではないかと夢想しはじめている。

(かつき・もとや/九州大学生体防御医学研究所教授)
※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

季刊「生命誌」をもっとみる

オンライン開催 催しのご案内

レクチャー

2025/1/18(土)

『肉食動物の時間』