生命誌ジャーナル

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RESEARCH 01生命誌研究のこれまでと今

多様な生きものがどのように
共通祖先から生まれてきたのか

蘇智慧(DNAから進化を探るラボ)

生きものの中で最も多様な昆虫類。分子データを用いて昆虫類の進化過程やオサムシの進化様式を明らかにしてきました。昆虫多様化の原動力は植物との関わり合いにあると捉え、現在イチジクとイチジクコバチをモデルに系統進化(時間軸)と相互作用(空間軸)の両側面から生きものの多様化機構を解明しています。

1. オサムシが日本列島形成の歴史を語る

学生の頃は、分子レベルで生きものを見る生理学の研究をしていました。1994年にBRHに奨励研究員として来た時に、個体や種という生きもの全体を見ながら多様化や進化を見る研究に移行したのです。お正月にテレビを見ていると、偶然、初代館長の岡田節人先生が生命誌研究館について話していました。時を同じくして知人から、名古屋大学で分子遺伝学の研究をしていた大澤省三先生がBRHでオサムシの研究を始め、奨励研究員を募集していると聞きました。全く分野が違いますが、もともと好きだった昆虫の研究をしたいと思い応募したところ採用されました。DNAを用いた系統解析なので、これまでの生理学の実績を評価してもらえたのだと思います。<図1>

<図1>

1999年、オサムシ愛好家(権威)の井村有希さんと中国の湖北省に採集に出かけた際、偶然新しい種を発見した。体長は約4センチと大きく、マイマイカブリのようにクビが長いのと、カブリモドキのように後翅に金属色のコブ状の突起があるのが特徴。紫の胸、青く輝くからだは美麗な彫刻のようである。形態の特徴から和名はクビナガモドキ、学名は大澤先生にちなんでosawaiと名付けた。車道はなく、ほとんど人が入ったことのないような岩肌が連なる崖道を雨の中バイクで進み、辿り着いた僻地の森だったからこそ、新種に出会えたのだろう。この種を発見した時の感動は一生忘れられない。

日本にいる35種のオサムシの系統関係を調べることから始めました。最初は単純に日本のオサムシがどのように進化してきたのか、その系統関係を解明する予定でした。調べているうちに、まったく予想外の結果が次々と出てきました。中でも、マイマイカブリの系統の分岐年代が、日本列島が大陸から別れた年代と一致するなど、地質学の知見と見事にピタリと合うことに驚きました。まるで日本列島と共にマイマイカブリが進化しているようでした。研究を始めて3年目、地質学者の協力を得て、オサムシが日本列島形成の歴史を語っていることを確信しました。<論文1>オサムシのサンプルを提供してくれた50名を超える協力者にもこの発見をニュースレターで伝え、皆が熱気と興奮に包まれたのを今もはっきり覚えています。その後、DNAによる系統解析で自然を知る研究は世界へと広がっていきました。本当に楽しい研究でした。<図2>

<論文1>

Su, Z.-H., Tominaga, O., Okamoto, M. and Osawa, S. (1998)
Origin and diversification of hindwingless Damaster ground beetles within the Japanese islands as deduced from mitochondrial ND5 gene sequences (Coleoptera, Carabidae). Mol. Biol. Evol, 15: 1026-1039.


分子系統と年代推定の結果、日本産オサムシの日本列島への侵入経路が大きく2つのグループに分かれることがわかった。約1500万年前、日本列島が大陸から分離した時に一緒に移動し列島内で分化したグループと、ユーラシア大陸で分化し、氷河期に陸橋によって列島に侵入したグループである。はじめのグループに入るマイマイカブリの系統分岐が日本列島の形成史と一致することもわかった。生きものに地域性があるのは知っていたが、ここまではっきり地史とオサムシの分岐が一致するとは思いもしなかった。日本列島が西と東に分裂した1500万年前まで遡れたことにも驚いた。
着任から8年間で、世界中の350種・2,000個体を超えるオサムシの系統関係を調べ、一斉放散、平行進化、不連続的形態進化、動と静の進化など、様々な進化様式を発見した。

<図2>

オサムシの採集は、スシノコとビールを入れたプラスチックのコップを地面に埋めて後日回収する。1日に300〜400個のコップを埋める非常な重労働である。マンボウオサムシという貴重なオサムシを狙って、井村さんと中国の甘粛省に渡った時、たった一枚の写真を頼りに決めた場所に、気合いを入れて1日に600個のコップを埋め、トラップをしかけた。翌日、期待を膨らませて見に行くと、待望のマンボウオサムシがコップに落ちていた。その晩は、成果を祝して乾杯し、楽しい食事で盛り上がった。しかし、600個のトラップをしかけてたった1匹しか採れない日もあり、その晩はただご飯を口に入れるだけ。2人とも黙って一夜を明かすことになる。採集の面白さと難しさはセットである。

2. “信頼性の高い”系統樹をつくる

昆虫類全体を見渡すと、その種数は動物の7割を占め、地球は昆虫の惑星とまで言われています。しかし、元を辿れば祖先は一つです。昆虫の多様化を理解するには、どのような共通祖先から分岐したのか、1種の共通祖先から現在の多様な種になるまでにどのような道筋を辿ったのかを知ることが重要です。
分子系統樹の枝に生きものの形態情報をのせると、進化の様子が浮かんできます。オサムシの研究で得られた数多くの新しい知見もそのようにして発見したのです。もし系統樹が間違っていたら、間違った進化の物語が導かれてしまいます。私たちは、信頼性の高い系統樹づくりを大切にし、昆虫類をはじめとする様々な節足動物の系統関係の解明に取り組んでいます。形態の特徴、数ある遺伝子などから、どんな情報を使っても系統樹はつくれます。でも、それが本当に生きものの正しい系統関係を示すかは別問題。私たちは、分子系統の解析に使う分子マーカーが、その生きものの分子系統解析に適しているか否かの検証をしっかりと行います。おかげで、系統樹の信頼性を示すブートストラップ値の高い系統樹の作成に成功し、昆虫類の系統関係の中で論争の的だった多くの問題に決着をつけることができました。具体的には、解明が難しいとされていた、ナナフシ、カマキリ、バッタなどの11目を含む多新翅種類が単一系統であり、共通祖先から分かれてきたということをはっきり示すことができました。<論文2>

<論文2>

Ishiwata, K., Sasaki, G., Ogawa, G., Miyata, T. and Su, Z.-H. (2011)
Phylogenetic relationships among insect orders based on three nuclear protein-coding gene sequences. Mol. Phylogenet. Evol. 58: 169-180.


昆虫の目(高次分類群)間の系統関係を調べ、長く議論されてきた多くの問題に決着をつけることができた。多新翅類が単系統であることに加え、ネジレバネ目に最も近縁なのはコウチュウ目であることがわかった。また、昆虫類で最初に分岐したのはカマアシムシ目であり、従来の分類群である内顎綱が単一起源ではないことも示した。さらに、昆虫類の起源に関わる鰓脚類と多足類の系統関係も明らかになり、多足類ではコムカデが最初に分岐したこと、その分岐はこれまでの説よりも遙に古いカンブリア紀初期に遡ることなど、新しい説を提唱することができた。

3. イチジクとイチジクコバチの絶対共生

以前から、昆虫がなぜこれほど多様化したのかに興味をもっていました。節足動物のうち、ムカデやヤスデなどの多足類は、昆虫よりも早い時期に海から陸に上がりましたが、昆虫類と比べると種数は非常に少ないのです。一方、後に上陸した昆虫はものすごい勢いで種数を増やしてきました。そこで、昆虫の多様化に貢献している要因として、植物との共生関係に注目しました。昆虫が上陸後に翅を獲得し、植物との関わりが強くなったことが、多様化の引き金として非常に重要だと考えたわけです。
植物と昆虫との共生関係の中で、イチジクとイチジクコバチ(コバチ)は種特異性が非常に高い絶対共生関係を築いています。<図3>相手がいないと自分の子孫を残せず、生きていくこともできないのです。私たちは、生態や形態から分子まで様々な側面から、イチジクとコバチの共生関係がどのようにでき維持されているのか、また両者がどのように多様化してきたのかを調べています。

<図3>

イチジクは花のうの中に小さな花をたくさん咲かせているが、閉じているので受粉が難しい。メスコバチが花の匂いをたよりに花のうを見つけ、中に侵入して卵を産むのと同時に授粉も行う。イチジクはコバチなしには受粉ができず、コバチはイチジクなしに育つことができない。動画は、虫こぶから出たばかりのメスコバチが花粉を運ぶところを撮影したもの。花のうの出口付近には葯が密集しているので、飛び立つコバチの体中に花粉がべったりと付く。

コバチは共生関係にある花の匂いを選別して相手を確かめるので、花の匂いが似ている近縁種に対してどのような行動をとるのか観察しました。その結果、近縁種の花の中にも入って産卵する様子が確認できましたが、花の成長時期やその期間と、コバチの成長期間にずれがあるため、幼虫が成虫になる前に花が早く成熟して落ちてしまうことがわかりました。匂いが似ているだけではダメで、両者間で全ての要因がピタリと重なってこその絶対共生関係です。そのため、簡単に相手を変えることはできません。絶対共生関係にはメリットがありますが、非常にリスクが高く、進化の観点から見ると矛盾がいっぱいです。進化の袋小路に入っているようにも見えますが、実際にイチジクは見事に多様化しています。イチジクとコバチの研究から、生きものが多様化するしくみのきっかけがつかめると考えています。<図4><論文3>

<図4>

コバチを採集する時は、中にいるコバチが明日にでも出てくるような花のうを取るのがいい。それを見極めるには、とにかくたくさんの花のうを触って割って、内外の状態をよく観察することである。コバチが入っていることはもちろん、できれば生きたコバチを採集したい。採集を重ねて経験を積むと、イチジクが教えてくれる「一番いい時期」がわかるようになった。その土地の環境、森の様子、木の特徴や花のうの付き方などを見て、イチジクの種類と花のうの成長期間をつかむ観察眼を培ったのだと思う。

<論文3>

Kusumi, J., Azuma, H., Tzeng, H.-Y., Chou, L.-S., Peng, Y.-Q., Nakamura, K., and Su, Z.-H. (2012)
Phylogenetic analyses suggest a hybrid origin of the figs (Moraceae: Ficus) that are endemic to the Ogasawara (Bonin) Islands, Japan. Mol. Phylogenet. Evol. 63: 168-179.


日本では南方の島々を中心に16種のイチジクが生育しており、そのうち3種が小笠原諸島の固有種である。この3種は南西諸島や本州に生えていたイヌビワとイヌビワコバチが小笠原に移入して種分化したと考えられていた。しかし、私たちのDNAを用いた系統解析により、もともと小笠原に固有のイチジクが、移入種のイヌビワと交雑し、それが3種に分化したことが明らかになった。

4. イチジクの思いやり?

コバチがイチジクの花のうの中に入る時、何層にも重なったベールを一枚一枚剥ぐように少しずつ進み、とても小さな入口から潜り込みます。その際、翅と触角が取れてしまうのです。はじめは、その捨て身の行動に痛々しさを感じ、かわいそうだなと思っていました。<図5>

<図5>

メスのコバチは花のうを見つけると、その上を歩きながら触覚でトントンとたたき匂い(味かもしれない)を確かめる。その後、15〜30分ほどかけて包葉の間をくぐり抜け中に潜り込んで行く。中に入った後も休みなく歩きながら触覚で花の存在を確かめ、1つの花に2分以上かけて産卵する。1個体が100回以上産卵するので、全体で優に数時間はかかるプロセスである。

ある時、花の中に入ったコバチの行動を知るため、カメラで観察しました。3匹の雌コバチが懸命に、無数にある小花一つ一つに産卵管を挿して産卵していました。その時、たまたま片方の翅が残っているコバチが1匹いて、良かったと安心したのも束の間、そのコバチは翅が広がって動きにくそうなのです。産卵の邪魔をしているようにさえ見えました。花のうの中は狭いので、翅は取れたほうが都合がよいのでしょう。イチジクの花の入口が狭いのは、コバチの翅が取れるのを助けているためと考えることもできます。イチジクとコバチの共生関係の奥深さを感じ、ますます興味が湧きました。<図6>
今後も、ゲノム上の多様性と表現型の多様性とのつながりを理解して、分子のはたらきを比較することで、昆虫類を中心に多様化の過程を探って行きます。

<図6>

台湾産イチジク花のうの匂いを捕集しているところ。花のうの入ったビンと、匂い化合物の吸着剤を詰めたガラス管をつなぎ、ポンプで空気を送ることで、2時間ほどかけてガラス管に匂いの化合物を吸着させる。通常現地で、一種につき20個体程度の匂いを捕集する。人里から離れ、他の匂いが混ざっていない場所で匂いの捕集を行うことが重要である。

編集:JT生命誌研究館 表現を通して生きものを考えるセクター 星野敬子

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