イチジクとイチジクコバチの密接な共生関係がどう築かれたのか、また、生きものの中で最も多様な昆虫類の起源をDNAの系統関係から探ります。
この地球上には、1000万以上の生物種が生存していると推測されています。一見して何の関係もない生きものであっても、起源を探ってみると1つの共通祖先にたどり着きます。地球上に生息する多種多様な生きものはどうやって生まれてきたのでしょうか。私たちは生物の進化(多様化)と関係をキーワードに、以下の2つのテーマにおいて研究を行っています。
1.六脚類の起源と節足動物の系統進化を探る
節足動物は種数において最大の動物門である。分類学的には鋏角亜門(クモ類)、多足亜門(ムカデ・ヤスデ類)、甲殻亜門(エビ・カニ類)と六脚亜門(広義の昆虫類)に分けられています。節足動物門の系統進化に関する理解は近年大きく変わりました。従来、六脚類は多足類から進化してきたと考えられていたが、分子系統学研究の結果、六脚類は甲殻類に近縁であることが分かりました。
しかし、昆虫の起源をはじめとする節足動物の系統進化については、依然として不明なところが多い(図1参照)。六脚類にもっとも近縁な甲殻類の系統がどれでしょうか。六脚類は共通祖先に由来しているのでしょうか。もっとも祖先的な六脚類の系統はどれでしょうか。さらに多足類と鋏角類は姉妹関係にあるのか、それとも鋏角類は節足動物門のもっとも祖先的な系統でしょうか・・・私たちは多くの遺伝子情報を用いてこれらの問題の解明に取り組んでいます。
2.イチジク属植物とイチジクコバチとの共生・共進化機構の解析
地球上の生きものは互いに影響を受けながら進化し、関係し合いながら生存しています。これは生物の多様性をもたらす大きな原動力の1つです。生物の多様化や相互関係を理解するために、私たちは「イチジク属植物(Ficus)とイチジクコバチ(Agaonidae)との共生系」をモデル系として研究を進めています。イチジク属植物は閉じている花嚢の内側に花を咲かせるため、風などによる受粉はできません。そこでイチジク属植物はイチジクコバチの力を借りて花粉を花嚢の中に運ぶという特殊な受粉システムを発達させています。このシステムはイチジクコバチにも利益を与えています。花粉運搬の一方、コバチは花嚢に産卵し、幼虫は一部の種子を食べて育ちます。両者の間には「1種対1種」という極めて種特異性の高い相利共生関係が築かれています(図2参照)。しかし、イチジクの花嚢には、花粉を運ぶ「送粉コバチ」の他に、花粉を運ばない「非送粉コバチ」や他の昆虫も棲息しているため、イチジクの花嚢には実に複雑な共生系が形成されています。これらの共生関係はどのように築かれ、維持されているのでしょうか。また、「1種対1種」関係を維持しながら種分化はどのように起きるのでしょうか。
私たちは分子系統学、集団遺伝学、化学生態学など様々な側面からイチジク属植物とイチジクコバチとの共生(寄生)関係の構築、安定維持、共進化・共種分化などのメカニズムについて解析を行っています。
室長蘇 智慧
奨励研究員有本 晃一
研究補助員佐々木綾子
大学院生呉 恵子
大学院生松本 祐志
大学院生田中 伶央
Wachi, N., Kusumi, J., Tzeng, H.-Y., and Su Z.-H. (2016)
Genome-wide sequence data suggest the possibility of pollinator sharing by host shift in
dioecious figs (Moraceae, Ficus).
Mol. Ecol. 25: 5732-5746. doi:10.1111/mec.13876.
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/mec.13876/abstract
イチジク属植物とイチジクコバチの間では授粉と産卵というトレードオフのもとに相利共生関係が構築されています。この相利共生関係は、種特異性が高く"1種対1種"と言われてきましたが、近年co-pollinator(1種の植物に複数種の送粉コバチ)とpollinator-sharing(複数種の植物に1種の送粉コバチ)という現象が多く観察されるようになりました。本論文は、ミトコンドリアDNAとマイクサテライトマーカーのほかに、ddRAD-seqというゲノム規模の配列データを用いて、3種のイチジク属植物が1種の送粉コバチを共有している可能性を示しました(図1)。また、この送粉コバチの共有はコバチの寄主転換によってもたらした結果であることも重ねて示唆されました。一方、植物とコバチの地域集団間の同調的遺伝分化も見られました(図1)。
Osawa, S. Su Z.-H., Nishikawa, M., and Tominaga, O. (2016)
Silent evolution.
Proc. Jpn. Acad., Ser. B 92: 455-461. doi:10.2183/pjab.92.455.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/pjab/92/9/92_PJA9209B-04/_html
オサムシの系統進化の研究から、私たちは「静の進化 Silent evolution」という進化プロセスを提唱してきました(Su et al., 2001; Osawa et al., 2004)。しかし、その中で、形態の緩やかな変化と形態進化の停滞を明確に区別せずに議論していました。本論文では、オサムシを始めとする数種の甲虫を用いて、ミトコンドリアDNAによる系統解析と分岐年代の推定を行いました。その中で、長期間分岐していながら、形態的変化が全く見られない系統について、形態進化の停滞と見なし、これを「Silent evolution」としました(図1)。
年度別活動報告書はこちらからご覧頂けます。
- 平成29年度 修士論文 星野朱音
- 「島嶼群におけるイチジク属植物の集団遺伝構造」
- 平成27年度 修士論文 南 紘彰
- 「トランスクリプトーム情報を用いた多足亜門の系統解析」
- 平成25年度 博士論文 宮澤秀幸
- 「核遺伝子による系統解析とこれに基づく多足亜門の進化」
- 平成22年度 修士論文 上田千晶
- 「タンパク質をコードする核遺伝子による鋏角類の系統解析」
- 平成22年度 修士論文 長久保麻子
- 「内顎綱は単系統か? 核遺伝子による無翅昆虫類の分子系統解析」
- 平成22年度 修士論文 坂内和洋
- 「メキシコ産イチジク属植物とイチジクコバチの分子系統解析」
- 平成22年度 博士論文 石渡啓介
- 「タンパク質をコードする核遺伝子による昆虫類の系統関係の解明」
- 平成20年度 修士論文 魚住太郎
- 「複数の核遺伝子による鰓脚類の系統解析」
- 平成13年度 修士論文 飯野 均
- 「メキシコ産イチジクコバチの分子系統関係」
季刊「生命誌」83号
フロム BRH:生きもの愛づる人びとの物語り3
研究と表現の両輪による活動を続けて20年、明確なまとまりが見えてきました。これをどのように生かし、どう展開するか。次の10年に向けて考えています。
季刊「生命誌」64号
クロス:「多様な生きものが続いていくには?」
生きものにとって海は障壁です。小笠原諸島固有のイチジク属植物や世界中に分布するグンバイヒルガオの海を渡る戦略から、多様な生きものが続いていく工夫が見えてきます。
季刊「生命誌」63号
クロス:「上陸の道のりを探る2つの眼差し」
現在、地球上で最も繁栄している動物群である昆虫類は、今から4億年ほど前に水中から陸上に進出した後、一気に多様化したと考えられています。昆虫進化の全体像が胚発生と分子進化という2つの研究の重なりから見えてきました。
季刊「生命誌」60号
from BRH:「生きもの上陸大作戦 - 昆虫の起源と進化を明らかにする」
生命体が暮らしやすい海を離れ、過酷な環境である陸地へと進出したのは今から5~3億年前。最初は植物、続いて昆虫が上陸しました。最初に陸上進出した昆虫の祖先は何か。DNAの系統関係から起源を探ります。
季刊「生命誌」58号
from BRH:「植物の進化の道のりを見渡す」- 多様な植物に見る遺伝子のやりくり」
生物の多様な遺伝子のほとんどは、既存の遺伝子の重複や、遺伝子間のドメイン交換によって生まれたものです。多細胞動物に特有な遺伝子族に注目し、陸上植物への進化を読み解く手がかりを藻類に求め研究しています。
季刊「生命誌」50号
リサーチ:「昆虫と植物が作る生態系の基盤」
陸上で最も多様性を誇る動物群である昆虫は、植物と関わり合って生態系の基盤を作っていきます。昆虫や植物のDNAから生きものの進化の物語を読み解き、生態系が生まれてきた過程を知ろうとしています。
季刊「生命誌」32号
「花とゆりかごと空飛ぶ花粉 - イチジクとイチジクコバチの共進化」
世界中に750種もあるイチジクには、それぞれ送紛者となるイチジクコバチがいます。それぞれの系統関係をDNAから探るために、生命誌研究館では外部の研究者やアマチュアの方たちと連携して世界中からサンプルを集め解析しています。
季刊「生命誌」28号
「オサムシから進化を語る」
7年にわたる生命誌研究館のオサムシ研究が終了しました。小さなオサムシのDNAを調べることで、形だけではわからなかった進化の道筋が明らかになり、一斉放散や平行進化といった新たな進化の見方も生まれました。
BRHでの研究における倫理的配慮はこちらからご覧頂けます。
公的研究管理に関する実施要領はこちらでご覧いただけます