研究
2023.09.01
アゲハの羽化時間について
フィールドワーク先生
質問:アゲハがなぜ午前中に羽化するのかを科学的に知りたいです。
参考になる文献や論文などを教えていただけましたら、幸いです。
経緯:先日知人からアゲハの羽化を朝6時30分頃に撮影した動画を送ってもらいました。
深夜からアゲハを観察して撮影していたそうですが、
一向に羽化せず早朝に羽化したとのことでした。
そこで、アゲハの羽化する時間帯について興味をもって調べてみました。
午前中に羽化するアゲハが多いことが分かりました。
しかし、なぜアゲハが午前中に羽化することが多いのかを、
科学的に解明している文献や論文を見つけられていません。
2023.09.01
1. 尾崎克久(昆虫食性進化研究室)
チョウやガの仲間では、成虫が活動する時間帯が決まっていることが知られている種も多く、羽化の時間帯はそのような活動時間に合わせているものと考えられています。例えば、ミドリシジミの仲間には、午前中に活動する種と夕方に活動する種があって、交雑が起こらないことで同所的な種分化が起きたとされています。夜行性の蛾でも、夕方に羽化して深夜に交尾し、明け方に産卵するという行動をするものが知られています。
ただ、残念ながら、アゲハチョウについては「多くの研究者や飼育マニアの経験則」として、午前中(明るくなってから4時間以内)に羽化する個体が多いと言われているだけで、論文のような形で報告されている例はなさそうです。私も以前気になって探してみましたが、見つけることができませんでした。おそらく羽化が近づいた蛹のなかで明暗周期を感じていて、何回目かの明るくなった経験が脱皮開始のシグナルになっているのではないかと推測していますが、この推測に根拠はほとんどありません。
当研究室で研究用に累代飼育しているナミアゲハについては、羽化するタイミングは野生のものと違ってバラバラになる傾向があります。比較的午前中に羽化する個体が多いような印象ですが、午後や夜間に羽化するものも珍しくはありません。
2023.09.05
2. フィールドワーク先生
尾崎克久先生
丁寧な回答感謝致します。
やはり論文などの報告はないですね。
各地の小学生が自由研究で、
アゲハの羽化時間に関する研究を行っていることが分かりました。
将来彼らがアゲハの羽化の秘密を明らかにしてくれるかもしれませんね。
私も、光周時計が関係していると思い、
光周時計や光周性に関する論文や文献を調べています。
>当研究室で研究用に累代飼育しているナミアゲハについては、、、、
と教えていただき驚きました。
湿度変化なども羽化のトリガーになっているとも考えられるのでしょうか。
とても不思議に思います。
初歩的な質問で申し訳ありませんが、
アゲハなどのチョウには湿度を感じるセンサーのようなものが、
備わっているのでしょうか。
2023.09.05
3. 尾崎克久(昆虫食性進化研究室)
当館にも、小学生からとても科学的な質問を寄せられることがあります。熱心な小学生たちがいつか、謎を解き明かしてくれる日が来るのが楽しみですね。
変温動物なので、気温が発育に影響する可能性はありますが、自然界での昼夜の温度変化は日によって変動が大きいので、タイミングを計るシグナルとしてはあまり信頼できるものにならないのではないかと思います。タイミングを計るシグナルとしては、やはり光周性の方が可能性が高いだろうと感じます。
温度のセンサーについては、特定の器官があるというわけではないと思いますが、高温を避けるとか高温の場所から逃げるといった行動が成虫でも幼虫でも観察されていますし、TRP(トリップ)チャネルという温度感受性に関わる遺伝子をアゲハチョウも持っていますので、「暑くなった!」といった温度の変化を感じることができていると思います。
ただし、「今、27℃くらいかな」というような感じで、「温度を感じる」センサーがあるかどうかは未解明です。おそらく、決められた温度域で活動するTRPチャネルがあって、活動すると不快に感じて移動するというような役割を持っているのではないかと推測しています。痛みに似た感覚でしょうか。
2023.09.06
4. フィールドワーク先生
尾崎克久先生
ご返信ありがとうございます。
TRP(トリップ)チャネルは初めて知りました。
アゲハは身近な昆虫ですが、
まだまだ分かっていないことも多いということが改めて分かりました。
尾崎克久先生の分かりやすい解説で、
アゲハについての興味がよりわきました。
感謝致します。
2024.08.24
5. あおり
今朝方、蛹を2匹家の外構で発見しました。1匹は西側の外壁で割と地面に近い植物の影になる場所で黄土色になっていました。
もう1匹は南側に置いた紺色のキャンピングチェアに付いていました。体を支える糸が片方外れて捩れた様になっていました。力無さそうな感じで羽化するかどうか心配な感じでした。
あおむしの間に安全な場所に移動して羽化すると思っていたのですが、この夏も暑さが厳しく南側だと日照がキツいと思うのですが、なぜこの様な場所を選んだのか疑問に思いました。
移動する時間帯やお天気などをあおむしの状態でどの様に選ぶんだろうと思いました。
早く気付けば日陰に移動させてあげられたなと思い切なくなりました。
ご教授の程頂けたら幸いです。
2024.08.24
6. 尾崎克久(昆虫食性進化研究室)
昆虫の行動多くは本能(生まれながらに知っている行動)としてプログラムされているもので構成されています。脊椎動物と比較して、経験から学習して行動に反映するものというのはとても少ないです。特に幼虫の行動は、「考える」という部分がすごく小さくなります。
蛹になるタイミングは、関係するホルモンの分泌や減少によって決まりますが、ホルモンの変動が起きるタイミングは幼虫が経験した気温の累積で決まります。また、幼虫はどこなら安全でどこなら危険があるといった経験や学習をしていませんので、「安全な場所を選ぶ」ということもしていないと思います。蛹になるタイミングが来たらお腹の中を空っぽにして、歩き回って、たまたま足場が良い場所で蛹になっているのだと思います。