展示や季刊「生命誌」を企画・制作する「表現を通して生きものを考えるセクター」のスタッフが、日頃に思うことや展示のメイキング裏話を紹介します。月二回、スタッフが交替で更新しています。
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「生命誌がひらく世界像」に向けて
2013年9月2日
生命誌研究館20周年ということで今年行っているいろんな仕事の一つに「生命誌アーカイブ」をまとめるということがあります。「まとまったね!」という達成感を得るには、これまで季刊生命誌で多彩な分野の方々と考えてきた多彩な事柄の全体を俯瞰できる一枚の図を描く必要があります。その図を獲得する作業は生命誌のヴィジョンを改めて思考することにもなります。そう考えながら、これまでの蓄積を入る限り頭に入れて、直感的に描き出したのが以下の図です。私としては、単純な線と最小限の言葉の配置によって、言葉の示す意味と言葉と言葉の配置から、生命誌の全体像を示せたぞ! と思ってミーティングでテーブルに乗せたところ、単純すぎ、強引という印象だったようで、スタッフ皆の反応はいまいちでした。でも中村館長には、少し面白いと思っていただけたようで、図を見ながら、一つ、一つの語彙の意味と関係を、順に語り合っていくうちに、「すっきりとは、わからないけれども、生命誌にとって大事な気持ちがここにある」というところまでは、共感を得たようです。これをもっと伝わるものに仕上げることが次の課題なのですが、現状で、以下の図に語り文をつけてみましたので、あわせてご覧ください。
<生命誌がひらく世界像>
この宇宙は、今から137億年前に「無」から生まれました。一瞬百由旬の時間を孕み、膨張を続ける空間の中で、絶え間なく関係し合う物質・物理は多様に存在する秩序として生成と消滅をくりかえし、やがて地球という場所に、情報を自らの存在に抱え込み自己組織化をくりかえす生命体が誕生しました。
生命体も物質から成るという点では他の系と変わりません。ところが他の物質的存在と異なる特徴を三つ持っています。一つは自己組織化に必要な情報とその展開のしくみをそなえ持つこと。自己と外部を分かつ境界をそなえ持つこと。そして情報を含む自らを複製することで個体(世代)を越えて個有性を継続すること。
生命体の基本は、ゲノムDNA(遺伝情報を担う分子)を持った細胞です。遺伝情報は複製をくりかえすうちに少しずつ変化します。その変化が、生命体(生きもの)がどんな場所で生きているかによって有利にはたらく場合があります、進化です。自ら変わりながらも自己を維持し続けるのが生きものなのです。
最初の生きものは一細胞で一個体です。ところが、ある時、進化は多細胞体を実現します。一つの細胞が個体発生を通じて、多様な細胞が協調してはたらく一個体を編む生きものの登場です。これにより生命を実現するしくみ、生きものが生息する場所や他との関係はさらに多様化し、現在、地球上に見られる生態系を編みあげました。
発生をくりかえし、進化を続けながら、生態系を織りなす現生生物は、みな細胞や個体発生による身体としての場所を得て、互いに関係し合い、感性(感覚受容)によって、常に他や環境と交渉しながら個の生命現象を積み重ね(経験)、種に固有な生命現象を維持しています。
多様な生きものの中で、動物の感性は神経系によって実現しています。とくに頭部に神経系の中枢をつくった脊椎動物の中で、私たちヒトは、発達させた脳をうまく用いて生き抜いてきました。脳という臓器のはたらきはまだまだ未解明ですが、少なくとも、ヒトが他の動物と同じく、感性や経験に基づきながらも、言語や概念、そして数を用いて、物語や思考を、表象として外在化させ、互いに心をかよわせることができるようになったのは、脳のはたらきによるところが大きいでしょう。こうしたことはヒトに特徴的な生命現象だと思われます。そこで、この理解に基づいて、もう一度、この世界を捉えなおしてみましょう。
私たちヒトを含むすべての生命体は「自ら」生成、創発し、宇宙の摂理に従い「然るべく」存在します。それが「自然」という意味です。さらに私たちヒトは、この宇宙に「現れる」あらゆる事象についての、感性や経験に基づく思考や物語を、言語や行為を通して「表す」表象として再び、世界に存在させる。「表現」を通して、互いに心をかよわせながら、人生、歴史、社会、すなわち文明を紡いでいく。こうしたことを一人一人の人が、日々、自分のこととして考えていく、それが、生命誌がひらく世界像だと思います。