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表現スタッフ日記

展示季刊「生命誌」を企画・制作する「表現を通して生きものを考えるセクター」のスタッフが、日頃に思うことや展示のメイキング裏話を紹介します。月二回、スタッフが交替で更新しています。

バックナンバー

【バックナンバー 】

1998年11月1日

 10月23日、京都国際会館で開催された国際フォーラム「21世紀へ―新たな価値観を求めて」に行ってきました。ドイツの神学者ハンス・キュンク氏の基調講演を中心に、BRHの中村桂子副館長やオムロンの立石信雄会長など、いろいろな分野の人たちがパネリストになって、「地球倫理」について考えようという会でした。
 フォーラムの案内を見たときは、正直言って、大げさなタイトルや「倫理」という言葉がひっかかり、「地球規模の倫理を作ろうなんて怪しげだな」と思ったのですが、中村先生が「キュンクという人はなかなかしっかりした人よ。」と言ったものだから、とりあえず行ってみたのでした。
 私たちは、日頃何気なく生活しているときにも、「暴力はいけない」とか、「他人に迷惑をかけないようにしよう」などといったことを思いながら生活しています。ところが、世界の様々な場所では、そうした一見当然のことが守られない場合がたくさんある。たとえば、現在でも世界中で紛争があり、いろいろな形で暴力行為・破壊行為が行われている。そんな世界の現状に対して、キュンク氏を中心に、宗教界や政治 の世界で指導的立場にある人達が、様々な宗教や道徳が共通に持つモラルを集約した最低限の「倫理的コンセンサス」を作ろうという活動を行ってきた。その結果、生まれてきたのが「地球倫理」らしいのです。現在では、国連でも真面目にとりあげられていて、「世界人権宣言」50周年にあたる今年の総会で、「人間の責任に関する世界宣言」として採択されるかもしれない、ということでした。
 話を聞いて最初に思ったことは、「多くの人にとって当たり前の最低限の道徳を、今さら世界宣言にしなくてはならないなんて、情けない話だな」ということでした。でも、そうした当然のことが守られないことが、人間の社会では非常に多いというのも事実でしょう。自分の権利ばかり主張して他人の迷惑を考えないという話は、今の世の中、そこら中で聞く話です。国家や民族の紛争だけでなく、お金もうけだけを目的に動く金融の世界でも、政治の世界でも、そして実は私たちの日常生活でも、どこにでもある話でしょう。
 結局、だれかが一度は正面から取り上げて話題にしなくてはならないのかも知れないし、やはり大切なことなのかもしれないなあ、といろいろと聞いているうちに思ったのでした。講演を聞く限り、キュンク氏は実に冷静に世界の現状を分析し、その上で「地球倫理」が世界の人々の役に立つだろうと主張しており、勝手な理想を他人に押し付けるという感じではありませんでした。
 実は科学の世界でも、同じように倫理的な問題を議論しなくてはならないのではないかという意見は、最近特に頻繁に聞かれるようになってきています。激しい競争の中では、つい自分の利益だけを考え行動してしまうことが起こる。それを防ぐためには、やはり、なんらかの倫理的なコンセンサスがいるのでしょうか。話を聞いているうちに、そんなことも考えました。
 ところで、地球倫理はもともと宗教や政治の世界から生まれてきた動きでしたが、当日は、BRHの中村桂子副館長がパネリストとして参加し、新しい価値観を作るに当たって、「宗教と科学は対立するものではなく、お互いに補い合うものです。」と、キュンク氏とうまくかみ合っていたのも印象的でした。キュンク氏も、宗教の世界の人でありながら、広い心で新しい科学の成果を取り入れようとしている、という印象を持ちました。
 「科学と宗教」「科学者の倫理」などなど、科学をとりまく話題は、実にいろいろな方向に広がっていきます。来年は、BRHでも、そのあたりのことを少しは取り上げられるようにできないだろうか、と考えているところです。
[加藤和人]

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