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進化研究を覗く

顧問の西川伸一を中心に館員が、今進化研究がどのようにおこなわれているかを紹介していきます。進化研究とは何をすることなのか? 歴史的背景も含めお話しします。

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ゲノムの働き

2015年9月15日

ゲノムの解剖学に続いて、次はその働き方を見てみよう。前回紹介した、ゲノム情報を大核と小核に分けて使っているテトラヒメナは、ゲノムの働きを理解するための優れたモデル生物になっているので、これを参考にしながら見ていこう。

ゲノムの働きの第一は、複製を通して親と同じゲノム情報を子孫に伝えることだ。無生物と比べる時、生命が示す特徴の一つは複製(replication)だ。私たちの細胞のように有糸分裂で増殖する細胞の場合、細胞分裂時にほぼ正確に複製され、子孫細胞に分配されるものに、ゲノムと中心体がある。しかし、原核生物になると複製分配されるのはゲノムだけになる。生物全体を通して見たとき、複製されて子孫に伝達されるものは結局ゲノムしかない。このことから、ゲノムの働きは親と同じ状態を増殖させるためコピーして子孫に伝える情報としての働きがあることがわかる。

しかし正直に言うと、なぜ生物は分裂し、増殖しようとするのかについてはよくわからない。熱力学に逆らって、平衡に陥らないようにメタボリズムを維持するだけなら増殖は必要ない。実際、全く分裂しない赤血球は200日の寿命があるし、神経細胞のように数十年にわたって分裂なしに生き、新陳代謝も盛んな細胞は存在する。ただ、複製のない細胞システムはどれほど新陳代謝が維持できたとしても、環境が変化してしまえば物理的に滅びる。環境に適応し、さらには環境まで変えてしまえる可能性があるという点で、結局は複製能力を持つシステムだけが地球上で生物として存続できたのだろう。

一方複製自体に情報の複製は必要ない。例えばウイルスの被膜を考えてみよう。被膜形成に必要な幾つかの構成タンパクが必要なだけ調達できるなら、一定の大きさのウイルス被膜は自然に形成される。ここでもし被膜が物理的強度の問題で一定の大きさになると壊れると仮定しよう。不完全な被膜は、壊れた一部を核にしてもう一度完全な新しい被膜を形成できるだろう。すなわち、平衡から遠く離れた条件さえ満たせれば、形成、破壊、再形成を繰り返して増殖するウイルス被膜のような構造は十分考えることができる。同じように、例えば核のないプロトセルのような液胞が一定の大きさになると物理的にちぎれるとしよう。このちぎれる限界の細胞内成分の量と膜の強度(この時膜も自然に成長するとしておく)が物理的に決められておれば、情報はなくても一定サイズになると2個の液胞が作られ、またその液胞が分裂するというサイクル、すなわち複製サイクルを考えることは可能だ(実際そのような実験が行われている)。しかし実際には、何らかの情報がないと同じものを作り続けることは難しく、生成されるプロトセルの大きさも時間とともに大きくばらつくだろう。判を押したように同じ大きさのプロトセルを作り続けるためには、デザインや機能を指示できる情報が増殖には必要になる。

もちろん情報といっても、最初から核酸が情報媒体を担っていたと考える必要はない。例えばたんぱく質の構造を変化させるだけなら、プリオンのような例もある。しかし、増殖・生存に必要な情報を、核酸媒体を使って細胞の化学的オペレーションから完全に分けることに成功した私たちの先祖だけが結局地球上で生き残れた。この結果、現存する全ての自立生命は、DNAをゲノム情報の媒体として使っている。このように、ゲノムの働きの第一は、生物の増殖を支えることになる。

テトラヒメナにもどろう。テトラヒメナは単細胞生物で、通常は分裂により増殖する。このとき、大核も小核も同じように複製され、それぞれの娘細胞に分配される。では両方の核が複製されることはテトラヒメナの維持に必要なのだろうか。例えば、小核を除去したテトラヒメナは増殖が可能だろうか? 実験が行われたかどうか明らかではないが、おそらくかなりの期間分裂を続けることはできるだろう(原理的には無限に分裂していい)。実際、核を一つしか持たない真核生物の方がこの世には多く存在し、増殖を繰り返している。テトラヒメナの場合大核ではゲノムが200以上に断片化されているなど、特殊な構造を持っているため、大核は長い期間にわたって安定な複製を維持しにくいかもしれないが、基本的には小核がなくとも増殖は可能だろう。

では小核は何をしているのか?前回説明したように、小核は二つの個体の接合時に独自の活動を始める。まず減数分裂を行い1倍体の核を2個形成する。次に、同じように減数分裂によりできた他の個体からの1倍体の小核を交換し合い、最終的に融合する。この結果、異なる個体のゲノムを集めた2倍体の核が作られる。この小核からまず新しい大核と小核を作り直したあと、その後は通常の分裂増殖サイクルに戻る。

この複雑な過程から出来るのは2倍体の小核なのに、なぜこれほど面倒臭いことをしなければならないのか。テトラヒメナの小核の場合、新たに何千箇所もの挿入配列を取り除いて大核まで作らなければならない。なぜこんな複雑な仕組みが選ばれたのか?一つの可能性については前回述べた。ここまで複雑な接合の仕組みが維持されていることは、テトラヒメナにとって最も効率のいい方法なのだろう。

もともと異なる個体間でゲノム情報を交換し合い、ゲノムレベルの雑種を作ることは種の生存のために重要だ。もちろん逆もあるだろうが、一般的に多様な情報を持っている方が多様な環境に対応できる。もう一つ重要なのは、これにより有害な突然変異を元に戻したり、薄めたりできる。ゲノムでは接合だけが異なる個体の情報を一つの個体に統合することを可能にしている。接合だけではそれぞれのゲノムは独立したままで、いわば2人3脚ではあっても本当の融合ではない。しかし、次の減数分裂が起こるときには、染色体間で相同組み替えがおこる。すなわち染色体同士で部分の交換が行われ、異なるゲノム由来の情報が一つのゲノムに文字通り融合する。テトラヒメナでは、このゲノムの統合、交換、融合を通したゲノム情報の間のコミュニケーションを小核が専門的に行っている(前回の図参照)。一方、ほとんどの真核生物は、これを一つの核で行っている。


図1出芽酵母の減数分裂と接合。説明は本文(Wikicommonsより)

生物学ではこのゲノム間のコミュニケーションを「性」と定義している。ほとんどの真核生物ゲノムが共通に持つ働きだ(例外については最後に紹介する)。テトラヒメナの場合、個体全体が接合したままコミュニケーションが行われるが、より一般的な戦略は、コミュニケーション(接合)用の細胞が特別に分化し、その細胞同士で融合が起こる。またこの細胞を作る過程で減数分裂が起こり、ゲノムの交換と融合が可能になっている。例えば、出芽酵母では2倍体の分裂個体が減数分裂で1倍体の胞子を作り、この胞子が接合して2倍体の個体を作る(図1)。一方、生殖細胞が体細胞から分離した高等動物では、この減数分裂と接合は、生殖細胞系列の配偶子、例えば精子と卵子、植物では花粉や雌しべの役目になる。それぞれが分化し接合する方法は全く異なるが、全てで共通に行われているのは個体間のゲノム情報の交換だ。面白いのは分裂個体が減数分裂サイクルに入るのはほとんどの場合、外界の栄養状況が悪くなるなど逆境に晒された時だ。すなわち、逆境では他の個体と情報交換することで、自分にはない能力を取り込める可能性がある。この異なる個体間でゲノム情報を交換するコミュニケーション能力が、生存に負の作用を持つ突然変異を薄め、ゲノムの多様性を増大させてきた。まとめると、ゲノムの働きの第2は個体間でゲノム情報を交換することだ。

ゲノムの働きの第3は多様化して進化の原動力になることだが、この話題は次回に回す。今回は、2番目の働き、性、すなわちゲノム間のコミュニケーションを全く行わない生物のゲノムについて最後に紹介して終わる。2年前の8月Natureにワムシの一種belloid rotifer(Adineta vaga)ゲノムについての論文が掲載され、注目を浴びた(Nature, 500:453-457, 2013, 幸いこの論文はcommonsとして図の掲載が許されている)。注目を浴びた最大の理由は、このワムシに性別や、雌雄同体や、減数分裂の気配が全くないからだ。すなわち、異なるゲノム間の情報交換なしにワムシが何千万年も生きてこられた秘密がゲノムからわかると期待したからだ。期待通り、ワムシは2重人格とも言えるゲノム構造を持っていた。

図2 ワムシゲノムに見られる対立関係にある遺伝子とオオノログ(ohnolog)な関係にある遺伝子のマップ。ワムシの遺伝子の多くは、相同性の高いペア遺伝子(青色で示す)、すでに多様化が進んだペア遺伝子の2種類を持っている。
Nature, 500:453-457, 2013より。

図2には、この論文の図2bをそのまま掲載したものだが、ここで青い線で結ばれているのが相同性の強い対立遺伝子に相当する遺伝子ペアで、一方オレンジの線で結ばれているのが故大野乾博士の名前に由来するOhnologous遺伝子ペアだ。Ohnologous遺伝子とは、全ゲノムの重複後にコピーされた遺伝子を失わずに保持している重複遺伝子で、独立に進化し多様化してきた。ここでavとあるのはワムシゲノムでアッセンブリが確定している領域と考えて貰えばいい。重要なことは、ワムシでは対立遺伝子といっても二倍体のゲノムが存在するわけではなく、一つのゲノムの中に対立遺伝子セットが組み込まれていることだ。さらに、ゲノム重複によるペアも独立に存在するという不思議な構造をとっている。ゲノムは情報交換なしに単独で分裂を続けると、変異が蓄積して維持が難しくなる。ゲノム間で情報を交換しあうことは、この問題の解決のために必要で、真核生物は性生殖を通してこれを行う。性のないワムシでも、やはり情報交換が必要で、対立遺伝子の代わりに、重複した遺伝子を同じゲノム上で維持し、その間で情報交換することで異常が蓄積しないようにしている(図3)。


図3 有性生殖による異なるゲノム間情報交換と、分裂とゲノム内遺伝子転換による情報交換。Nature, 500:453-457, 2013,を改変

図3で示すように、この同一ゲノム内の相同遺伝子間の情報交換は、相同組み替えではなく、遺伝子転換で行われていると考えられている。相同遺伝子が同じゲノム上に散らばるワムシのようなゲノム構造が一旦できると、減数分裂、接合過程を介した情報交換はうまくいかないと考えられる。なぜなら、異なる個体の配偶子同士が接合したとしても、相同組み替えのための染色体のペアリングが正確に行えない。

この図からわかるように、同じゲノム上に存在していても、独立した対立遺伝子のペアを持つことで、ペアどうして相互に情報を交換して、有害な突然変異などを除去することが出来る。他にも、ゲノム内対立関係にある遺伝子と、それに対応するOhnologous遺伝子を比べると、相同性に大きな違いがあることから、相同組み替えがなくとも、遺伝子転換(gene conversion)メカニズムにより十分な多様性が得られることがわかる。

性生殖をやめたのが先か、ゲノム構造が特殊化したのが先かよくわからないが、結果的にワムシは有性生殖に頼らず、分裂に伴う遺伝子転換などの情報交換のみで多様化し、何千万年も生きることができている。面白おかしく考えると、ワムシは、普通なら異なる個体間に存在する対立遺伝子が一つのゲノムの中に統合されている2重人格者と言えるかもしれない。ただ、異なる個体間の情報交換をやめてワムシが何千万年も生きているからといって、性を通した個体間での情報交換が不必要かどうかはわからない。というのもワムシは普通の生物にはない不思議な性質をいくつも持っている。例えば、完全に乾燥しても水に触れれば生き返る。また放射線にも驚くべき抵抗性を示す。これほどの環境に対する耐性を獲得してしまえば、個体間の経験の差など取るに足らないのかもしれない。

[ 西川 伸一 ]

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