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進化研究を覗く

顧問の西川伸一を中心に館員が、今進化研究がどのようにおこなわれているかを紹介していきます。進化研究とは何をすることなのか? 歴史的背景も含めお話しします。

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構造部材としてのセントロメアDNA

2015年8月3日

ここまでゲノムには、転写して利用される情報だけでなく、構造(あるいは順序、位置など)としての情報も含まれていることを示してきた。今回は構造としての情報を考える最終回として、例えば家の柱や壁のような構造部材としてDNAが使われている場合について見てみよう。

すでにゲノムの一部はヘテロクロマチンという構造を取り、他の部分と比べてコンパクトに折りたたまれ転写が抑えられていることを紹介した。ただゲノムの中には常にヘテロクロマチン状態をとる領域と、細胞や分化段階に応じてヘテロクロマチン構造から解放され、転写が可能になる領域の2種類が存在する。常にヘテロクロマチン構造をとっているゲノム部位を調べていくと、全く遺伝子が存在しない大きな領域が見つかる。この領域のうち代表的なものが、セントロメアとテロメアで、共に真核生物の細胞分裂時に重要な働きをする。ここでは、セントロメアに焦点を当てて見てみよう。

まずセントロメアとは何か。真核細胞はDNAの倍加後、2つの細胞に分裂する。その時、細胞の中心に並んだ染色体を両方の細胞へと正確に分配する(図1)。

図1 細胞分裂中期。中央に並んだ染色体に微小管が結合して染色体を分離しようとしている。緑色蛍光は微小管、青色蛍光は染色体、赤い蛍光は動原体を染めてある。動原体は染色体セントロメアと微小管を結合させる構造である。(Wiki Commonsより)

この時、2つの細胞に別れた中心体から放射する紡錘糸(微小管)はキネトコア(動原体)を介して染色体と結合し、細胞分裂の経過とともに染色体を両方の細胞へと引っ張り込む。この動原体と染色体の結合の中心になっているのがセントロメアと呼ばれる場所のヌクレオソームだ。他の部位のヌクレオソームと比べると、セントロメアのヌクレオソームにはcenH3と名付けられた特殊なヒストンが存在している。このcenH3は動原体を構成する分子と結合して染色体と紡錘糸を結びつける役割を持っている。cenH3が普通のH3と置き換わって存在しヘテロクロマチン構造をセントロメアと呼んでいる(図2)。


図2 セントロメアの構造。セントロメアではヒストンH3の一部がcenH3に置き換わっている(この図は私が徹底的に単純化しており、実際には様々な割合でcenH3が置き換わっている)。このcenH3に動原体を構成する多くの分子が結合し、微小管と染色体を結合している。

私たちヒトの細胞ではセントロメアの数は染色体に一カ所あるだけだが、この様式は全ての生物に共通というわけではなく、例えば線虫では一つの染色体上に何カ所も形成される(図3)

図3 線虫とヒト染色体のセントロメアの位置をcenH3染色で示している。ヒトでは染色体中央に一箇所のセントロメアがあるが、線虫では一本の染色体に複数のセントロメアが存在する。

動原体は分裂が終わると消失する。したがって、分裂ごとに同じ場所にセントロメアが再構成される必要がある。即ち、cenH3とヘテロクロマチン型ヒストンが特定の領域のDNAと結合し特殊なヌクレオソームを構成する必要がある。この決まった場所に繰り返しセントロメアが形成されるメカニズムは完全にわかっているわけではない。最初、酵母を用いた研究では、セントロメアには一定の塩基配列が存在することが示され、セントロメア型ヌクレオソームは特定の塩基配列にガイドされて形成されると考えられた。しかし、ゲノムプロジェクトが進むことでセントロメアに特有の遺伝子配列があるという考えは揺らぐ。例えば、ヒトのセントロメアには171bpの長さのαサテライト配列と呼ばれる配列が繰り返しており、最も長い場合で5Mbにわたって存在している。マウスでも同じようなサテライト配列の繰り返し構造が存在することから、サテライト配列の繰り返し構造がセントロメア型ヌクレオソームをガイドする構造であると考えられた。しかし、馬の染色体の中にはこのような繰り返し配列が全く存在しない染色体が存在する。cenH3をリクルートするゲノム側の条件を理解することは一筋縄ではいかないことがわかった。いずれにせよ、セントロメアやテロメアはそれ自体何かをコードしているわけでもなく、また周りの遺伝子を構造化しているわけでもない。セントロメア領域から、様々な蛋白分子と共同して純粋に染色体の構造部材として働いているゲノム部分があることを理解していただいたのではないだろうか。

さて、染色体の構造部材としてのセントロメアはペリセントロメアと呼ばれるやはりヘテロクロマチン構造をもつ領域に挟まれている。ペリセントロメアは染色体が分離する際、染色体同士を結合しているコヒーシンと呼ばれる分子が最後まで残って結合している場所だ。このおかげで染色体が娘細胞に分配される時、最後に動原体部分が外れ、完全な染色体を分配することができている。この意味で、ゲノムのペリセントロメア領域もゲノムを支える構造部材と考えることができる。では、ゲノムのペリセントロメア領域をヘテロクロマチン化するための条件とはなんだろう?興味深いことに、セントロメアやテロメアと異なり、ペリセントロメアにはLINE,SINEを含む様々な繰り返し配列とともに、染色体の他の場所から転座してきた普通の遺伝子領域も見つかっている。したがって、繰り返し配列が存在するからヘテロクロマチン構造が生まれるのではなく、この領域自体が飛び込んできた遺伝子をヘテロクロマチン構造に変換する力があることを示している。このメカニズムについてはゲノムとRNAの関係という枠組みで次回に考えるが、飛び込んだ遺伝子をヘテロクロマチン化することで構造部分を拡大できる巧妙な仕組みが可能になっている。この観点に立つと、私たちゲノムの半分を占めるトランスポゾンの一部は構造部材として使われている可能性もある。というのも、ほとんどのトランスポゾンにヘテロクロマチン構造を取らせる仕組みを私たちは有している。この意味で(これは私の戯言だが)トランスポゾンは構造部材を新たに調達するにはうってつけの材料に思える。

3回にわたってゲノムが構造化されること自体新しい情報を生むことを見てきた。構造部材としてのDNAまでが情報と呼べるのは、構造も、材料も、コードも全て同じDNAを媒体とする線状の情報に置き換え、子孫に伝えるからだ。最初ただの物質でしかなかったDNAが様々なモノやコトと対応できる情報に転換する。最初DNAがコードとして何と対応付けられていたのかは21世紀重要な問題だ。これは私の戯言だが、おそらく最初に対応付けられたのはアミノ酸の並びではないような気がする。というのも、この対応関係はRNA,tRNAを必要として、あまりにも複雑だ。とすると、今セントロメアでみられるような部材としてのDNAと蛋白の関係と、DNA,RNAの関係が最初は別々に存在していたと考えたほうがわかりやすい。次回はこの問題を横目で睨みながら、ヘテロクロマチン転換のメカニズムから初めて、DNAとRNAの関係について考えてみたい。

[ 西川 伸一 ]

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