研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。
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【論文の報告】
前回私がラボ日記を書いたのは東日本大震災の直後でした。あれからもう5ヶ月近く経ちました。その間、様々なところでいろいろな形で混乱が生じ、人間の営みの不安定さを感じさせられる毎日ですが、この混乱も新しい方向へ動き出すチャンスにできたらと願っています。 ところで私は、カドヘリンと呼ばれる多細胞動物に共通に存在する細胞間接着分子を長年研究してきました。そして最近、カドヘリン分子の進化について総説論文を書く機会を頂きました。カドヘリン分子の進化で私が最も興味深く感じている事は、カドヘリン分子の構造が、巨大地震による地殻変動のように突然、大きな変化を受けたのではないかと推測される事です。初期の多細胞動物から脊椎動物に向かった進化を考えた場合、体の形が左右相称でない動物と左右相称の動物との間で1回、その後、脊椎動物とホヤの共通祖先が誕生する前までに少なくとももう1回大きな変化が起きたと推測されています。昆虫へ向かった進化でも別の変化が起きたと推測されています。そんな変化が起こったら細胞もさぞかし混乱しただろうなと、想像してしまいます。しかし、このようなカドヘリンの段階的な構造変化があったお陰で現在、脊椎動物や昆虫で多様な形態を見る事ができていると思うと感慨深いものを感じます。 私は実験生物学者として、カドヘリン分子の大変革がもたらしたであろう動物形態への影響を知りたいと思っています。何かおもしろい実験が組めないだろうかと日々考えを巡らしていますが、残念ながら現在までのところ実験的な検証にはかなり難しさを感じています。というのは、ある動物の中で分子構造の大変化を人為的に起こしたとしても、その動物の中ですぐにその分子が優れた機能を発揮し始めるとは非常に考えにくいからです。その動物を何千世代、何万世代にもわたって実験室で飼い続けて、カドヘリンを取り巻く分子システムとの調和や協力関係の創出のために別の分子の進化を待たなければならないのではと考えるからです。つまり、大変革の直後はひっそりとなんとかやっていける状態があって、そんな状態の中でいろいろな試行錯誤によって、変革前にはあり得なかった新しい方向へ細胞が進化することが可能になったと考えるのが自然なような気がしています。 話が難しくなってしまいましたが、地殻変動は次世代に向けた何か大きなチャンスをもたらしているはずです。是非、そのチャンスを生かしたいものです。 |
[ハエとクモ、そしてヒトの祖先を知ろうラボ 小田広樹] |