1. トップ
  2. 語り合う
  3. 【伝えきれないこの思い】

ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。

バックナンバー

【伝えきれないこの思い】

金山真紀 私はこの何ヶ月か、言葉の持つ不思議さに迷い、また面白さや喜びを感じながら過ごしています。
 5月には学生交流と研究発表のために台湾に、7月にはフランスの国際学会での研究発表と、海外へ行く多くのチャンスを頂きました。
 台湾では、向こうの学生たちにあたたかく出迎えていただきました。日本の漫画やドラマ、音楽等が流行っているらしく、日本文化が大きく受け入れられているのを実感できました。お互い母国語ではない英語を使ってなんとかやりくりするのが面白く(圧倒的に日本より台湾の学生の方が上手でしたが)英語で話して通じることが楽しく思えました。そんなころ、私のポスターを見に来てくれたある台湾の学生が “Taiwanese young people like Japan.” と言ってくれたので、私も台湾が好きだ、と伝えました。でももっともっと深い表現ができたんじゃないかと思うのです。何故好きなのか。歴史、文化、人というようなレベルまで掘り下げる微妙なニュアンスをコントロールする語学力がまだありません。とても何か歯がゆく、この気持ち、空気を越えて飛んでゆけ、と何度思ったかわかりません。先日も、この交流で親しくなった台湾の友人がこのBRHを訪れてくれました。本当にありがたく、BRHのこと、私の思い、いっぱいいっぱい伝えたくてしょうがないのに、日本語や向こうの言語で話せないのが回りくどくてなりませんでした。
 こんなとき、論文英語や研究英語の方がべらべらとしゃべることができるのに気がつきます。フランスでの会話はそこまで日常会話があったわけではないので研究ポスターをもとにしゃべった訳です、英語はうまくはないけれど、「いい研究だ」と言ってもらえました。また、実は6月にも京都の発生生物学会があって、そこでもポスターを出したのです。なんと招待講演の為に訪れていたノーベル賞受賞者のEric Wieshausがふと私のポスターに目をとめてくれ、拙い英語でしたがあたふたと説明しました。それでも “impressive!” と言ってくれました。
 私のボスである小田さんはよく「サイエンスは言葉じゃないんだ」と言います。この京都の学会の出来事は、本当にそうだなと実感した瞬間でした。英語がうまくしゃべることができるというように、言葉を操れることは一つの特技です。しかし、写真一つで本質は伝わることがある。それだけでいいこともあるわけです。
 私は台湾の友人に言葉だけで伝えようとしていました。でも実は、そうではなくて、私の顔や手振りや、そんなところからも何か私の思いは伝わっていたはずです。私の思いは伝わったでしょうか。
 物事の本質はなんなのか。表面的な言葉や、態度、自分の小さな感情だけで惑わされていないか。そのときに注意深く観ていく作業はサイエンスだろうと人間関係だろうと、なんだろうと、どこにでも通じていくことだと思っています。これを日常の生活におくことで、見える世界は必ず広がるはずです。それが私にとって、サイエンスが大きな意味をなす部分だと感じています。こう考えれば、サイエンスの本質は人間の優しさにだって繋がっている。私はそう感じます。
 実は、今年度、博士論文を書き上げ卒業できたならば、これは私の最後のラボ日記になるかと思います。この短いラボ日記では、BRHで過ごしてきた私の思いは言葉では到底伝えきれません。でも一番多く詰まっている思いは感謝です。本当にありがたい一日一日を過ごしているのだと思います。あと、もう少し、ラストスパート。

[ハエとクモ、そしてヒトの祖先を知ろうラボ 金山真紀]

ラボ日記最新号へ