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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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子どもと古代人

2014年10月1日

絵本作家の荒井良二さんが「子どもには動詞で言わなければ通じない」とおっしゃっています。確かにそうですね。言葉を話し始める頃、犬はワンワンですし、自動車はブウブウです。こう書きながら、昔自動車はよくクラクションを鳴らしていたけれど、今はほとんど使わないので、今もブウブウかしらとふと思いました。そうですか。とにかく、犬という姿形より、ワンワン鳴いている動きが犬と思えるということでしょう。それが犬という名前をもつものであることを知るまでには頭がだいぶ整理されなければならないのだと思います。

ここで日本語史を研究している山口仲美さんのお話を思い出しました。やまと言葉は「フーッ」という音から「吹く」という言葉をつくるというように音からできたものが多いのだそうです。こうしてまず動詞ができるわけです。

生きものを知るには生命科学でなく生命誌がよいという気持になった時、どうしても漢語の名詞ではうまく考えられず、やまと言葉を使おう、動詞を使おうと思ったのはこれだったのだと改めて思います。素朴に基本的で日常的なことを考えたかったのです。それは子どもになることであり、古代の人になることなのかもしれません。山口さんは、キキョウ、ハギ、ヒガンバナという個別の名前はやまと言葉としてあるけれど「植物」とまとめる言葉は漢語になっていることも教えて下さいました。個々の現象をていねいに見て、それがもつ性質などから名前をつくっていくことと、それを総合していくことの両方が必要なのであり、漢語、名詞もとても大切です。でも、動詞とやまと言葉が根っこにあることを忘れてはいけないと改めて思っています。

子どもと古代人。自由に発想し、楽しく生きようとしたら、この人たちには敵いません。難しいこと、面倒なことを考える能力不足という欠点を逆手にとり、子どもと古代人の線を続けようと思います。

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