館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。
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【どの生きものもそのまま完全】
2010.3.1
10月に名古屋でCOP10(生物多様性条約締結国会議)が開かれるからでしょう。私のところへも多様性に関する会合へのお誘いがたくさん来ます。多様性は生命誌の基本ですから、関心の高まりは嬉しいのですが、ちょっと気になるところもあります。 まず、「生物多様性」という言葉を知らないとか、なんのことだかわからないという人がとても多いのです。生物は生きもの、多様性はいろいろということですから、そのまま「生きものっていろいろいるね」ということ。このあたりまえの感覚を身につけることが大事で、それなしにホテルや会議場に集まって「生物多様性とはなにか」という議論をしている姿を想像すると漫画です。まずは、林でも野原でも庭でも町の公園でもよい、とにかく生きもののいるところで多様性を実感する機会を作ることの方が大事でしょう。 生命誌としては、“いろいろいるね” を実感したうえでもう一歩進めて考えることがあります。多様な生きもの(数千万種いると言われます)は、一つ一つがその生きものとして“完全なもの”であることです。進化という考え方は大事なのですが、それはだんだんよくなることだと誤って受け止められるとまずい。最近は使わなくなりましたが、高等生物、下等生物という言葉もありましたし、時に、生物について語る文の中に“進化の途中の不完全な生きもの”という言葉が見られます。一つ一つの生きものは、それぞれ独自のゲノムを持っており、それが個体をつくるわけですから、それぞれが完全なのです。多様であるということは、いろいろあるというだけでなく、その一つ一つが完全な生きものであり、存在することに意味があるということです。絶滅危惧種への関心も必要ですし、人間に役立つ種を残すことも大事ですが、多様性の基本は、「どんな生きものもみごとに生きている」という実感にあるわけです。「生物多様性年」は、この実感をもつ年にしたいと思っています。 【中村桂子】 ※「ちょっと一言」へのご希望や意見等は、こちらまでお寄せ下さい。 |