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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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【900年の時を超えて】

2009.11.2 

中村桂子館長
 へえ、こんな所があったのとか、こんなこと初めて知ったとか。この年齢まで生きてきても、毎日これの連続です。その中でも、今回の体験は強烈でした。訪れたのは岩手県一関市。ここが平泉のお隣だくらいのことは知っていましたが、お隣だという程度ではなく、ここに中尊寺と深い関係のある場所があるのです(御存知の方はそんなこと今更でしょうが、私と同程度の方もいらっしゃるはずと思いながら書いています)。「骨寺村荘園遺跡」です。「時は12世紀」とこの遺跡のパンフレットは始まります。藤原清衡が完成した一切経(国宝)の経蔵として、このお経づくりに貢献した連光が私領の骨寺村を寄進、お経の維持のためにそこを荘園としたのだそうです。そして今も当時の荘園の姿がそのままに残っているというわけです。曲りくねった畦道で仕切られた小さな田んぼが広がり、イグネと呼ばれる杉の防風林で囲まれた家が点在する風景は中世と変らないと土地の方が教えて下さいました。もちろん、これがずっとそのままであったはずはありません。高度成長期には、効率を求めて畦は直線にし、洪水を起こす川にはコンクリート護岸をつくり、牛の餌を入れるサイロをつくってきた・・・あたりまえです。
 ところで、この荘園については、鎌倉時代に描かれた詳細な絵図があり、これが1995年重要文化財に指定されました。現地でその絵図を広げると西の方の山はこれ、神社はここと対応させることができて面白かったです。2005年には、絵図で同定され、実際に発掘された遺跡9ヶ所が国史跡に指定され、次の年には、絵図に描かれた領域が重要文化的景観に指定されたのです。こうして国の指定が次々と続きました。文化的景観とは「地域における人々の生活又は生業および当該地域の風土により形成された景観地で我が国民の生活又は生業の理解のため欠くことのできないもの」と文化財保護法にあるのだそうです。法律ですから堅苦しく書いてありますが、その土地の景観と暮らしそのものとに文化財的価値があるというのですから住民は大変です。全部で105戸、全員の気持が一致するのはなかなか難しいそうですが、話し合いの結果、これを生かして自分たちの暮らしをよくしようというグループができ、曲りくねった畦を残し、川の岸も自然の姿に戻す努力をしています。最近の都会の人たちの農業への関心を活用して田んぼのオーナー制度を作り、田植えや稲刈りに来てもらう工夫もしています。荘園という言葉は、誰もが歴史の時間に耳にしています。でもそれは歴史の中のことです。それが900年という時を越えて残っているというのが面白い。日本中でここだけだそうで、また一つ応援するものがふえました。それにしても、電柱が建ち、電線が走っているのがちょっと残念、地下に埋めて欲しいと訪れた仲間たち皆の意見でした。ここに限らず、東京の街でも、折角美しい緑があるところに黒い電線が何本も重なり合っているとがっかりします。電線の地下化は是非進めて欲しい。いつも思っていることを改めて強く感じた旅でした。


 【中村桂子】


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