館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。
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米国アラスカ大学国際北極圏研究センター名誉所長の赤祖父俊一先生が現代化学の5月号に書かれた気候予測についての記事に紹介されている図が興味深いので見てください(図1)。
1960〜1990年の平均を0としたときの変化。 (図1)地球平均気温と二酸化炭素量の変化(1860〜2006年)
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気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が「地球は温暖化しており、その原因として大気中のCO2量の増加があげられる」としたことについてこの図から考えてみるべきことがあるというのです。一つは、IPCCは1975年以降の気温上昇について触れており、その期間で見る限り、確かにCO2と気温の間に関係があると見えます。けれども、気温変化を語るならもっと長期間の自然変動を解明しなければいけないというのが赤祖父先生の指摘です。詳細は述べませんが、先生は気温は数十年の準周期変動をしながら100年で0.5℃ほど上昇してきたと分析していらっしゃいます(図2)。
(図2)過去140年間の地球平均気温変化の一つの解釈
数十年単位で温暖化と寒冷化を繰り返す自然変動(準周期変動)をともないながら、100年で0.5℃気温上昇してきたという解釈。IPCCは1975年からの上昇にしか注目していない。それ以前の直線的変化も準周期変化も無視している。
図1を見てもう一つわかることは2001年以降気温上昇が止まっているということです。下っているようにも思えますし事実2008年は21世紀に入って最低値だとのことです。ここでの赤祖父先生の指摘は、IPCCの行なったコンピュータモデル研究には限界があるということです。自然現象はまだわからないことだらけであり、モデルに組み込む性質やデータで本当に地球の気候を示したことになるかということです。研究を純粋な学問として進め、自然変動をもっと解明しなければいけないというのが赤祖父先生の基本姿勢です。その通りだと思う私の頭の中にあるのは生命科学です。生きものも複雑系であり、わからないことだらけ。基礎研究として、学問としてやるべきことがたくさんあるのに、あたかもすぐに役立つかのように言う人たちがはびこっています。つまり、これは現在のあらゆる学問が持っている問題だということでしょう。宇宙、地球、生物、人間・・・これら複雑系に向き合えるようになった今こそ、新しい学問づくりが必要ですし、社会もそれを応援して欲しいと思います。新しい方向が出てきたらきっと役に立つことが出てくるでしょう。
もちろんこれは、今のCO2大量排出(図1を見れば明らかです)を放置しておいてよいということではありません。エネルギー多消費型の社会、とくに石油という便利な燃料を基盤に組み立てた「科学技術文明社会」の見直しは喫緊の課題です。たとえ、温暖化を止めるためにという目標がなくとも、「地球に暮らす生きものの一つである人間が創り出す文明のあり方」として、やたらにCO2を出さない暮らし方を考えることは必要不可欠です。地球温暖化は、政治・経済と大きく関わる問題となっており、そこに『科学』(まさにカッコつきの科学)が巻き込まれているのでややこしいのです。学問は学問として、政治は政治として、経済は経済として、本質をよく見つめ、“皆が生き生き暮らせる地球”に向けてやるべきことを着実にやっていくこと。もちろんその中でお互いに関わり合うことは必要ですが、変な関わり合いは害あって益なしです。
【中村桂子】
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