館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。
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【「記憶の遺伝子」を探る気持はわかりますが。】
2003.4.1
これはなんなのだろう。それを気にしていたら、ある時脳の研究者の本に「記憶の遺伝子」があると書いてあったのだそうです。実はこれは、研究館のビデオライブラリーにも登場する山元大輔さん(現在早稲田大学教授)の本なのですが、日野さんは、私たちの体のどこかにあるような気がする記憶を伝えていく遺伝子があるのだと思って、これぞ自分が求めていたものだと興奮し、徹底的に勉強なさったようです。その結果、それは、「記憶するメカニズムに関わる遺伝子」であって「記憶の遺伝子」などはないのだということがわかり、残念ながら熱からさめたということです。山元さんが悪いわけではありません。研究者仲間では「記憶の遺伝子」と言えば、「記憶のメカニズムに関わる遺伝子」として通じるわけですから。でも、私たちの心の奥底・・・というより体の奥の方にあるように思える記憶はずーっと昔、恐らく人類誕生以前から続いているのではないかという日常感覚から、専門外の方がそういう「記憶の遺伝子」があるのではないかと思ってしまう気持もこれまたわかります。ここで日野さんは徹底的に勉強してこのズレに気づき、「記憶の遺伝子」なるものはないのだとわかって下さいましたが、なかなかここまで勉強する方は少ない。そこで記憶の遺伝子という言葉がズレたまま広がっていく危険が大きいのです。実は山元さんのビデオは、ショウジョウバエのオスに、メスにはまったく反応せず同性同志が引き合うようになる変異体があるという話です。変異体というのは、DNA(遺伝子)のどこかが変化した個体ですから、お互いが引かれ合うところに関わる遺伝子があることは確か。ここでつい「愛の遺伝子」と言いそうになりますが、これもちょっと危険です。 「○○のDNA」とか「○○の遺伝子」と言って複雑なものをスパッと明快に説明したい気持はわかります。とくに最近のようにわけのわからない世の中ではとくにそう思いたくなります。でも生きものはそうわりきれるものではなさそうです。まだまだ私たちにとって複雑な存在である生きものに関わる遺伝子たちも恐らく複雑に絡み合っているのでしょう。DNA(ゲノム)が解析されつつあるということは、そこから得られる情報を用いて、複雑なものを複雑なものとして理解する知を組み立てることが可能になってきたということなのではないでしょうか。 【中村桂子】 ※「ちょっと一言」へのご希望や意見等は、こちらまでお寄せ下さい。 |