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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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【悩みをどう解決したらよいでしょう】

2002.9.15 

中村桂子館長
 最近、悩んでいます。1953年にDNAの二重らせん構造が発見されているので、来年が50年め。半世紀です。その間生物学の中で暮らせたのは幸せだった。本当に面白かったので、なんともよい巡り合わせの中にいたと思うのです。もちろん、生きもののことがそう簡単にわかるわけはなく、まだこれから面白いことがたくさんあるはずです。今大勢の若い人たちが生物研究に意欲を燃やしているので、その人たちが、私と同じように生きもの研究に携わってよかったと思うだろうなと期待しています。研究館もその一つとして活動しています。
 けれども研究の動きを見ていると、ただ明るくというわけにはいかなくなってきているのが悩みなのです。何事もよい方、よい方を見て行くのが私の性質で、あからさまに言えば脳天気。生物研究こそ一番と思ってきたのに困ったことです。問題は、ITがダメならバイオだとなって、「生物研究、とくに人間の研究をお金儲けの手段」と見ることになってきたことです。もちろん経済は大事であり、生物研究の結果が経済につながることがあるのを悪いとは言いません。けれども、あたかも金の成る木を育てているような言い方をする研究者が登場するのはどんなものでしょう。しかもそういう人もいるという程度なら、それはそれ、これはこれとなりますが、大学にしても企業にしても世界の中で一流と見なされている所(とくに米国はすごい)が皆そのような雰囲気になり、それが「正しい」という声が高いのはどんなものでしょう。ゲノム研究を基礎にして、生きものについて、人間について知りたいと思いますし、研究はどんどん進むとよいと思います。そこから、ああ生きものってこういうものなんだ、人間ってこういうものなんだとわかったら、私たちの考え方や暮らし方も変わっていきそうな気がしますから。その成果が医療につながり難病がなおるようになったらすばらしいとも思います。でもそれは、どんな暮らし方、どんな医療が望ましいのかということを考えてからのことではないでしょうか。今はそれがまったくなくて、とにかく「遺伝子やタンパク質をみつけてそれを特許にして儲けなさい。それをやった人が勝ちです」というかけ声の中で動いているのです。しかも多くの研究は公の場で、税金を使って行われている。じっくり考えるべきだと思うのです。研究対象にしているのは生きもの、その中でもとくに人間なのですから。研究を止める必要はありません。病気をなおすのに役立ちたいと思う気持も大事です。でもそれがお金優先の方向へ動いていくのは止めなければいけないでしょう。
 生きもの研究の楽しさを共有しましょうというのが研究館の基本ですが、あまりにも社会の動きが大きいので研究の楽しさだけではすまされなくなってきた・・・・・最近悩んでいますというのはこのことです。この辺りを上手に解決して、やはり研究館は思いきり「生きものを知る喜びの場」にしたいと思っているのですが。

P. S. 生命科学研究は、生きものについて是非知りたいという気持ちや健康や食に生かす成果をあげて人々の役に立ちたいという願いがあればいくらでも進むでしょう。なにしろ生きものの研究はとても魅力的なのですから。経済や競争がなければやる気が起こらない生命研究なら進まなくても少しもかまいません。もう少し強く言うならそんな研究はない方がよいと思います。
 知りたい、役に立ちたいという願いから生まれた研究成果が産業につながるのは結構なことだと思いますが、経済と結びついているからこそ進む生命科学など決して生きものとしての人間にとって望ましい社会にはつながらないと思います。


【中村桂子】


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