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研究館より

ラボ日記

2023.11.15

琉球大学キャンパスのギランイヌビワとコバチ

ギランイヌビワ(Ficus variegata)はオーストラリアから東南アジア、インド、中国南部、台湾、琉球にかけて広く分布している、イチジク属(Ficus)植物の1種です。琉球では与那国島、西表島、石垣島と宮古島という八重山諸島にのみ分布しており、この地域はギランイヌビワの分布北限にあたります。つまり、沖縄本島以北にはギランイヌビワは分布していません。ところが、沖縄本島の琉球大学キャンパスに数本の巨木のギランイヌビワが生育しています(図1A)。琉球大学の傳田哲郎博士によると、それらはおよそ50年前に、琉球大学の先生が植えたもので、近年、花嚢にはハエかハチのような虫が入っていることも観察されているそうです。

イチジク属の植物はイチジクコバチと、花粉媒介と産卵によって共生関係を結んでおり、繁殖のために互いに必須としています。また、その共生関係は、種特異性が極めて高く、基本的に「1種対1種」です(Azuma et al., 2010)。我々のDNA解析の結果、台湾と八重山諸島に分布しているギランイヌビワは、イチジクコバチの1種であるギランイヌビワコバチ(Ceratosolen appendiculatus)とのみ共生関係を結んでいることが判明しています。果たして琉球大学ギランイヌビワの花嚢に来ている虫はギランイヌビワコバチでしょうか。もしかして沖縄本島に生息している別種のイチジクコバチが宿主転換してギランイヌビワと共生関係を結び直したかもしれません。それなら極めて興味深いです。しかし、そもそもその虫がイチジクコバチかどうかも分からないので、早くその正体が知りたいです。

待っていました!というチャンスが恵まれてきました。2023年8月31日〜9月3日に、琉球大学で開催される日本進化学会の2023年度大会に出席することになりました。初日の学会が終了後、早速琉球大学ギランイヌビワを見に行きました。どの木にも花嚢がいっぱい付いていました(図1A)。花嚢を採って一つ一つ開けてみるが、虫が入っている様子が見当たりません。諦めずに花嚢を開け続けていたところ、花嚢の中にコバチらしき黒い点が見えたのです(図1B)。顕微鏡で見ないと、確定できないが、これは産卵のために花嚢に入ってきた親コバチではないかとほぼ確信しました。その花嚢を試験管に入れてエタノール保存にしました。学会終了後、大阪に戻って実体顕微鏡で観察した結果、間違いなくコバチであることが確認できました(図1C)。ただ、花嚢に入って産卵を終えた後、花嚢中で死んで暫く時間が立っているので、形が崩れてしまいました。そのため、ギランイヌビワコバチかどうかは、形態から結論できず、DNA解析の結果を待たなければなりませんでした。

花嚢に雌コバチが入っていることは判明したが、そのコバチが花嚢の中で産卵し、次世代のコバチが育っているのかどうかはわかりません。それを確認するために、花嚢中の虫こぶの発育様子を観察することにしました。大阪から沖縄に頻繁に通うのは流石に厳しいので、琉球大学の傳田哲郎博士に花嚢の採取と送付を依頼しました。博士から送られてきた、9月20日に採取された複数の花嚢を観察したところ、そのうちの1個の花嚢に多くの雄コバチが残っていることを発見しました(図1DとE)。しかし、他の多くの花嚢は、この花嚢と同様に花嚢中の虫こぶに穴が開いていて、如何にもコバチが出たあとの虫こぶであるように見えたが、雄コバチは見当たりません(通常、イチジクコバチは、雌が花粉を身につけて花嚢を出るが、雄は育った花嚢の中に残り生涯を終えます)。ちょっと不思議な現象です。


図1.琉球大学キャンパスにいるギランイヌビワとそのコバチ


さて、DNA解析の結果はどうなりましたでしょうか。28S rRNA遺伝子の塩基配列を解析して日本産の他種のコバチとともに系統樹を作成してみました(図2)。疑うことなく、琉球大学キャンパスにいるギランイヌビワに来ている虫は、ギランイヌビワコバチでした。雌コバチは翅があり飛べるのですが、それほどの飛翔力がないので、長距離の移動は風に頼ります。ギランイヌビワコバチは、台風にでも乗って八重山から沖縄本島に来ているのでしょうか。ちなみに、10月末から11月初めに、また琉球大学を訪れる機会がありました。何とギランイヌビワの木には花嚢がほとんどついていません。これら数本の木ではコバチのライフサイクルが回っていけないようです。また、いつか八重山からギランイヌビワコバチが風に乗って飛んでくるのでしょうか。


図2.日本産イチジクコバチの系統樹

蘇 智慧 (室長(〜2024/03))

所属: 系統進化研究室

カイコの休眠機構の研究で学位を取得しましたが、オサムシの魅力に惹かれ、進化の道へと進みました。1994年から現在に至るまで、ずっとJT生命誌研究館で研究生活を送ってきました。オサムシの系統と進化の研究から出発し、昆虫類をはじめとする節足動物の系統進化、イチジク属植物を始めとする生物の相互作用と種分化機構の研究を行っています。