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研究館より

ラボ日記

2022.04.15

【論文が出ました】プラナリアから解き明かす幹細胞の性質

今年になってようやく生命誌研究館での仕事がまとまり、国際論文として発表することが出来ました。研究活動の形態形成研究室のページにて専門的に解説していますが、この場を借りて専門的に生物を勉強していない方のためにも内容をもう少し分かりやすく簡潔に説明させていただきたいと思います。
 

私たち生物の体は、様々な「細胞」と呼ばれる小さな構造によってできています。私たち人間を含めた全ての生物は、受精卵というたった1つの細胞から始まり、様々な種類の細胞によって体を作り上げていきます。その中でも「幹細胞」と呼ばれる細胞は、分裂によって幹細胞を増やしながら、幹細胞とは異なる細胞に特殊化する細胞です。例えば、造血幹細胞は骨髄で分裂して増えていますが、赤血球や白血球といった細胞になって血液中で働くことが知られています。このように幹細胞が異なる細胞に特殊化することを「分化」と呼びます。赤血球に関していえば、人間の大人では毎日約2000億個の赤血球が造血幹細胞から新しく分化しているとされています。


現在までに、生物の体は幹細胞の分裂と分化のバランスが絶妙に調節されることで作られているとされてきました。実際に、幹細胞の分裂が過剰になると腫瘍ができてしまい、幹細胞の分化が過剰になって全ての幹細胞が分化してしまうとそれ以降は新しい細胞が分化することが出来なくなってしまいます。しかし、幹細胞の分裂と分化は別々に制御されていると考えられ、それぞれが切り離されて研究がおこなわれてきました。このため、幹細胞の分裂と分化がお互いに影響を与えているどうかについては詳しく明らかになってきませんでした。この原因の1つとして、多くの生物では細胞の分裂が非常に多くの因子によって複雑に制御されていて、実験的に分裂を制御することが難しかったことが挙げられます。
 

そこで本研究で着目したのがプラナリアという生物です。私たちが解析したところ、プラナリアには細胞分裂を止めるための多くの遺伝子が存在しておらず、cdh1という1つの遺伝子だけで細胞分裂を止める非常にシンプルな細胞分裂制御機構が存在していることが示唆されました。よって、cdh1遺伝子の機能を阻害するだけで、プラナリアの幹細胞は分裂を止めることが出来なくなると考えられます。実際にcdh1遺伝子の機能を阻害したプラナリアでは、幹細胞の分裂が活発になって、幹細胞の数が劇的に増加しました。しかし一方で、プラナリアのcdh1遺伝子を機能阻害して分裂をとめられなくなった幹細胞は、分化させようとしても分化できなくなっていることが分かりました。つまり、「幹細胞は分裂をしている間は分化できず、分裂を止めた幹細胞だけが分化していく」と考えられます。


最初に少し書きましたが、現在までに幹細胞の分裂と分化は切り離されて考えられることが多く、分裂を制御するシステムと分化を制御するシステムが別々に存在していて、その2つのシステムのバランスが絶妙に調節されることで生物の体が作られていると考えられてきました。しかし、私たちの研究から、幹細胞が分裂を続けるか止めるかによって幹細胞の分化が制御されることが示唆され、分裂と分化は別々に制御されるのではなく、幹細胞の分裂が分化のタイミングを制御していることが明らかになりました。

この結果はプラナリアで得られたものですが、全ての生物を構成する細胞の基本的な性質はプラナリアからヒトまで共通していると期待できます。実際に人間の幹細胞でも分裂と分化の関係性は考えられていましたが、前述のように人間を含めた多くの生物では分裂を制御する機構が非常に複雑化していたため、この証明には至っていませんでした。今回、私たちは非常にシンプルなシステムを持ったプラナリアを使うことで、このような幹細胞の性質を明らかにできたと考えています。私たちの結果は、学術的な分野だけでなく再生医療などの医学的な分野にも貢献できるだろうと期待しています。
 

佐藤勇輝 (奨励研究員)

所属: 形態形成研究室

プラナリアを用いた成体多能性幹細胞の研究をしています。