ラボ日記
2022.02.15
0と1と10
当研究室では、アゲハチョウを人工飼料で飼育しています。それにより、季節に関係なく、ほぼ同じ状態のチョウがいて、研究を支えてくれています。
ここまで読んで、多くの方は「だからどうした?」と思ったのではないでしょうか。
初期の人工飼料は、桑の葉で飼育するよりもずっと劣る生存率、成長速度だったそうです。しかし、人工飼料で飼育することが可能だとわかると、カイコが必要とする栄養に関する研究も急速に進みました。今では、人工飼料を使った飼育は、生の葉を凌駕するほどに改良されています。
このように、不可能な状態から可能な状態に変わると、その後の発展は早いものです。
どのような分野でも、未解明・謎だった「0 (ゼロ)」の状態から、不完全・未完成な状態でも良いので解ったという「1 (イチ)」の状態にすることが最も難しいのです。お手本になる成果が出たら、そこから「10 (ジュウ)」まで発展させるのは早いのです。
だからこそ、新たな「知」を作り出す基礎研究が大切なのだと思っています。
カイコ以外の昆虫についても、人工飼料で飼育する研究が日本で精力的に行われました。
しかし、アゲハチョウに関しては、昆虫の人工飼料を研究していた専門家の間でも、蛹になるまで育てるのは不可能だと考えられていたそうです。
なぜ、不可能だとされていたのかわかりますか?
このような実験をすると、アゲハチョウの幼虫の生存率は、極めて低いのだそうです。
実際、当研究室の人工飼料も、同様の実験を行うとアゲハチョウの若い幼虫は育ちません。特に初齢幼虫はほぼ全滅です。
どうやったらアゲハチョウの幼虫たちが人工飼料を食べてくれるようになったのか、考えてみてください。
答えは、私の次回のラボ日記で。
というわけにはいきませんね。
ナミアゲハの卵。通常は黄色。黒いのは孵化直前。
誰に教わったわけでもなくそのような行動をするということは、産まれながらにして行動する「習性」を持っているということなのでしょう。
ということは、その習性を利用するべきですよね。
人工飼料をシャーレに塗りつけて、餌が天井にある状態にして幼虫を放ちます。そうすると、翌日には底に黒い粉末のようなフンが落ちているのが観察できるので、餌を食べたのだということがわかります。
黒い粉末状に見えるのが、幼虫の糞。
アゲハチョウの幼虫たちを観察して、ちょっとだけ発想の転換をしたことによって、不可能とされていた人工飼料飼育を可能にしたのです。目の位置を変えると見えるものが変わる、というのは科学にとってとても大切なことです。
人工飼料を食べてくれるということがわかってしまえば、その後の、効率的に育てられるまでの改良は、短期間で一気に進みました。ここでも「0」を「1」に変えるのが最も難しくて、「1」から「10」にするまでは短期間でした。
無事に人工飼料で飼育できるようになりましたが、まだ「問い」は残されていますね。
ここからは個人的な想像で、科学的な答えではありません。
アゲハチョウの雌成虫は、硬い葉でもかまわず、ミカンの葉の味がすれば産卵します。もしかしたら、孵化したばかりの初齢幼虫たちにとっては、かじりにくい葉なのかもしれません。
ミカンの木は、上の方に行くと新芽が出ていることが多いです。というわけで、幼虫たちは母親が産みつけた場所から上に移動した方が、柔らかくてかじりやすい餌にありつけるのかもしれません。それで、孵化したらまずは上を目指して移動する、という本能的な行動を持っているのかも?と考えています。
実際のところ、どうなんでしょうね。どなたか、この謎を「0」から「1」にしませんか?
ここまで読んで、多くの方は「だからどうした?」と思ったのではないでしょうか。
かつては不可能とされていた
日本では養蚕が盛んだった影響で、カイコを用いた研究が先進的です。カイコを蛹になるまで育てることができる人工飼料は、日本人研究者によって開発されました。初期の人工飼料は、桑の葉で飼育するよりもずっと劣る生存率、成長速度だったそうです。しかし、人工飼料で飼育することが可能だとわかると、カイコが必要とする栄養に関する研究も急速に進みました。今では、人工飼料を使った飼育は、生の葉を凌駕するほどに改良されています。
このように、不可能な状態から可能な状態に変わると、その後の発展は早いものです。
どのような分野でも、未解明・謎だった「0 (ゼロ)」の状態から、不完全・未完成な状態でも良いので解ったという「1 (イチ)」の状態にすることが最も難しいのです。お手本になる成果が出たら、そこから「10 (ジュウ)」まで発展させるのは早いのです。
だからこそ、新たな「知」を作り出す基礎研究が大切なのだと思っています。
カイコ以外の昆虫についても、人工飼料で飼育する研究が日本で精力的に行われました。
しかし、アゲハチョウに関しては、昆虫の人工飼料を研究していた専門家の間でも、蛹になるまで育てるのは不可能だと考えられていたそうです。
なぜ、不可能だとされていたのかわかりますか?
なぜ不可能だったのか
人工飼料で昆虫を育てる研究を大雑把に説明すると、容器の中に作成した餌を置いて、そこに研究対象の幼虫を放し、数日間生きているか、糞をしているか、といった観察がなされます。幼虫が自由意志(昆虫に意志というものがあるのかという議論は置いといて)で餌に向かって移動し、食べるかどうかが重視されているのです。このような実験をすると、アゲハチョウの幼虫の生存率は、極めて低いのだそうです。
実際、当研究室の人工飼料も、同様の実験を行うとアゲハチョウの若い幼虫は育ちません。特に初齢幼虫はほぼ全滅です。
どうやったらアゲハチョウの幼虫たちが人工飼料を食べてくれるようになったのか、考えてみてください。
答えは、私の次回のラボ日記で。
というわけにはいきませんね。
なぜ可能になったのか
アゲハチョウの卵をプラスチック製のシャーレに入れて、孵化したばかりの幼虫の様子を観察します。すると、ほぼ全ての幼虫が上に移動して、天井を歩いています。ナミアゲハの卵。通常は黄色。黒いのは孵化直前。
誰に教わったわけでもなくそのような行動をするということは、産まれながらにして行動する「習性」を持っているということなのでしょう。
ということは、その習性を利用するべきですよね。
人工飼料をシャーレに塗りつけて、餌が天井にある状態にして幼虫を放ちます。そうすると、翌日には底に黒い粉末のようなフンが落ちているのが観察できるので、餌を食べたのだということがわかります。
黒い粉末状に見えるのが、幼虫の糞。
アゲハチョウの幼虫たちを観察して、ちょっとだけ発想の転換をしたことによって、不可能とされていた人工飼料飼育を可能にしたのです。目の位置を変えると見えるものが変わる、というのは科学にとってとても大切なことです。
人工飼料を食べてくれるということがわかってしまえば、その後の、効率的に育てられるまでの改良は、短期間で一気に進みました。ここでも「0」を「1」に変えるのが最も難しくて、「1」から「10」にするまでは短期間でした。
無事に人工飼料で飼育できるようになりましたが、まだ「問い」は残されていますね。
何のための習性?
アゲハチョウの幼虫たちは、なぜ足元にある人工飼料を無視して上に向かって移動するのでしょうか?ここからは個人的な想像で、科学的な答えではありません。
アゲハチョウの雌成虫は、硬い葉でもかまわず、ミカンの葉の味がすれば産卵します。もしかしたら、孵化したばかりの初齢幼虫たちにとっては、かじりにくい葉なのかもしれません。
ミカンの木は、上の方に行くと新芽が出ていることが多いです。というわけで、幼虫たちは母親が産みつけた場所から上に移動した方が、柔らかくてかじりやすい餌にありつけるのかもしれません。それで、孵化したらまずは上を目指して移動する、という本能的な行動を持っているのかも?と考えています。
実際のところ、どうなんでしょうね。どなたか、この謎を「0」から「1」にしませんか?
尾崎 克久 (室長)
所属: 昆虫食性進化研究室
アゲハチョウを研究材料として、様々な生き物がどのように関わり合いながら「生きている」のか、分子の言葉で理解しようとしています。