表現スタッフ日記
2025.04.15
宇宙飛行士に求められる表現力と発信力
2021年、実に13年ぶりに日本人宇宙飛行士の募集がJAXA(宇宙航空研究開発機構)によって開始されました。この募集要項には、多国籍チームにおける多様性の尊重、協調性やリーダーシップといった、これまでにも宇宙飛行士に求められてきた資質が引き続き重視される一方で、新たな評価項目が追加されました。それは、月探査という稀有な経験やその成果を世界中の人々と共有するための「外部に伝える豊かな表現力と発信力」という項目です。以下に示す8つの特性が、今回の宇宙飛行士候補者選考において評価されるものです。
(1) 宇宙飛行士の職務に対して、明確な目的意識と達成意欲の強さ
(2) 宇宙飛行士に求められる任務・訓練に耐えうる健康状態
(3) STEM分野の知識や論理的思考力、円滑な意思の疎通が図れる英語能力とともに、教育や実務経験等の中で取り組んできたことにおける専門性
※STEM(ステム)…Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字をとった言葉。
(4) ミッション遂行能力(自己管理、コミュニケーション、状況認識、リーダーシップ、問題解決、チームワーク、マルチタスク等)とともに、緊急事態にも迅速かつ的確に対処する能力
(5) 様々な業務環境及び技術や社会の急速な進歩・変化に適用するために、必要な身体能力及び精神心理的適応性・強靭性を有するとともに、未経験の知識や技量を速やかに習得する能力及び未経験の作業に対して自分の知識や技量を柔軟に活用して対応する能力
(6) 日本人としての誇りを持ち、人文科学・社会科学分野を含む広範な素養・知識を有し、並びに自分と異なる文化・伝統・価値観等を有する者に対する敬意を払う国際的なチームの一員にふさわしい態度
(7) 自らの体験や成果などを外部に伝える豊かな表現力と発信力
(8) 国内・国際社会で求められる高いコンプライアンス意識
- JAXA 2021 年度 宇宙飛行士候補者 募集要項より引用
これらの8つの項目は、ISS(国際宇宙ステーション)という閉鎖空間での活動経験を踏まえ、現代において人類が再び月を目指す意義を広く伝え、宇宙開発の重要性に対する理解を深めることができる人材を求める意図が込められていると考えられます。特に、現代において客観的に評価されるべき資質として「表現力」や「発信力」が重視されていることは、宇宙開発の意義を社会に浸透させる上で不可欠であるという認識の表れだと思いました。
では今の時代、なぜ「外部に伝える豊かな表現力と発信力」が重要視されるのでしょうか。私なりの考えですが、絵も、映像も、音楽も、漫画も、全ての表現は、誰かから誰かへの間接的な交流です。生きていく中で感動したこと、感じたこと、考えたことなどを伝えて、それを受け取った人が同じように心動かされること。そのような「心が動いた」経験を専門や時代をも超えて感じる瞬間にこそ、表現力が光ると考えています。
その表現が何を語っているかよくわからなくても楽しいこともありますが、表現者が語るものが受け手の心に伝われば、そこに共感が生まれたり考えが深まったりと、お互いにもっと楽しくなります。表現の技術はそのためにあるものだと思います。今もまだ迷いながら手を動かす日々ですが、作り手と受け手、どちらにとっても楽しいものができた時、「いいものが作れた」と初めて思えるのだと信じていきます。
引用:JAXA 2021 年度 宇宙飛行士候補者 募集要項
https://astro-mission.jaxa.jp/astro_selection/item/Application.pdf
後藤 聡 (研究員)
表現を通して生きものを考えるセクター