表現スタッフ日記
2025.04.01
マナティーになりたい
日記の担当が回ってくると、(何かいい感じの文章を書かなくては…)とか、(そんなこと気にせず素直に日々の中で感じた嬉しいことを書こうか)とか、(いやいや、本来、きっと研究館の現場で起こっていることや取り組んでいることを、垣間見てもらうような狙いではじまったものなのでは?)などと、さまざまな迷いと戸惑いと、幾ばくかの欲が波のように押し寄せます。いつも何かの期待に応えなくてはいけない、うまくその場にあった振る舞いを理解してやり遂げなくてはいけない、社会人として責任ある発言をしなくてはいけない、血糖値はゆるやかに上昇させなくてはいけない、と、直接誰かに言われた訳でなくても、自分自身をどうにか“良い方向”にコントロールしようと、そうしなければいけないのだと追い立てられる気持ちになります。
表現セクターは、季刊生命誌の次号の制作の真っ只中。昨年からのテーマ「共生」から、「生きものの社会性」について考えています。わたしは考える度にゲシュタルト崩壊を起こしそうになり、社会性って一体何なんだ……よくわかるようでわからん……もうマナティーに、マナティーになりたい……となっています。
その場にあった振る舞いをしようとする自分の反応と、それに疑問を感じて抵抗しようとする心。組織人としての動き方と、個人的な仕事への動機や思い。望む望まざるに関わらず、飲み込まれる世の中の大きなうねり。わたしにとって人間の社会で生きるのはあまりにも難易度が高いのです。はたして社会が苦手なわたしに社会性がわかるのか(社会と社会性は別の話では)。
期待と不安と不安が交差する春、季刊生命誌が無事に完成するよう、なんとかなることを祈り突き進んでいくのみです。
表現セクターは、季刊生命誌の次号の制作の真っ只中。昨年からのテーマ「共生」から、「生きものの社会性」について考えています。わたしは考える度にゲシュタルト崩壊を起こしそうになり、社会性って一体何なんだ……よくわかるようでわからん……もうマナティーに、マナティーになりたい……となっています。
その場にあった振る舞いをしようとする自分の反応と、それに疑問を感じて抵抗しようとする心。組織人としての動き方と、個人的な仕事への動機や思い。望む望まざるに関わらず、飲み込まれる世の中の大きなうねり。わたしにとって人間の社会で生きるのはあまりにも難易度が高いのです。はたして社会が苦手なわたしに社会性がわかるのか(社会と社会性は別の話では)。
期待と不安と不安が交差する春、季刊生命誌が無事に完成するよう、なんとかなることを祈り突き進んでいくのみです。
奥井かおり (研究員)
表現を通して生きものを考えるセクター