表現スタッフ日記
2025.02.04
名前ってなに?
アオスジアゲハ、イシガケチョウ、クロマダラソテツシジミ——標本箱の中では、展翅されたチョウと、それぞれの名前が書かれた標本ラベルが1本の昆虫針でとめられています。標本ラベルを眺めながら、『ロミオとジュリエット』の一節が思い浮かびます。「名前ってなに?バラと呼んでいる花を別の名前にしてみても美しい香りはそのまま」。例えば、アオスジアゲハという名前がなくても、その青く美しい翅模様はそのまま、です。じゃあ、名前ってなに?
ある研究では、地球上に存在する真核生物は約870万種で、陸生で記載があるのは15%以下と推定されています。そのうち半数以上が昆虫で、ほとんどが1cm以下とも言われます。私たちは、名前のない、「ありとあらゆるもの」としか呼びようのない、小さな生きものたちの世界に暮らしているのです。植物分類学の父と称されるカール・フォン・リンネは、「物の名前を知らなければ、その物について知ることはできない」と書いていますが、私たちは、地球上の生物について、少なくとも個体レベル以上ではほとんど知らない、のでしょう。名前のあるアオスジアゲハは「ありとあらゆるもの」に属さない既知の生きものの1つ、と思うと、ぐっと親近感がわいてきます。
冒頭の一節は、「おお、ロミオ、ロミオ!どうしてあなたはロミオ?」から始まるジュリエットの有名な台詞の後半部にあたります。対立する家柄の一人息子である「ロミオ」ではなく、愛する青年を純粋に呼ぶことのできる別の名前を求めています。また、『星の王子さま』の王子さまは、故郷の星で水をやったり風を防いであげたバラのことを、世界にたった1つの「ぼくのバラの花」と呼びます。哲学研究者の村岡晋一氏は、私の名前は<あなた>が与えてくれるものであり、<あなた>に語りかけられることで<わたし>になると書いています。さらに、<わたし>は、たとえ実態がなくなった後でも、<あなた>に名前を呼ばれるたびに蘇るのだと言います。つまり、王子さまのバラは、花びらを落とした後も「ぼくのバラの花」であり続けるのです。標本箱のアオスジアゲハは、私が幼虫から飼育し展翅した個体です。「わたしのアオスジアゲハ」が羽ばたくことはありませんが、その名前は、私にとってかけがえのない個体であることを、これからもずっと伝えてくれるものなのでしょう。
ある研究では、地球上に存在する真核生物は約870万種で、陸生で記載があるのは15%以下と推定されています。そのうち半数以上が昆虫で、ほとんどが1cm以下とも言われます。私たちは、名前のない、「ありとあらゆるもの」としか呼びようのない、小さな生きものたちの世界に暮らしているのです。植物分類学の父と称されるカール・フォン・リンネは、「物の名前を知らなければ、その物について知ることはできない」と書いていますが、私たちは、地球上の生物について、少なくとも個体レベル以上ではほとんど知らない、のでしょう。名前のあるアオスジアゲハは「ありとあらゆるもの」に属さない既知の生きものの1つ、と思うと、ぐっと親近感がわいてきます。
冒頭の一節は、「おお、ロミオ、ロミオ!どうしてあなたはロミオ?」から始まるジュリエットの有名な台詞の後半部にあたります。対立する家柄の一人息子である「ロミオ」ではなく、愛する青年を純粋に呼ぶことのできる別の名前を求めています。また、『星の王子さま』の王子さまは、故郷の星で水をやったり風を防いであげたバラのことを、世界にたった1つの「ぼくのバラの花」と呼びます。哲学研究者の村岡晋一氏は、私の名前は<あなた>が与えてくれるものであり、<あなた>に語りかけられることで<わたし>になると書いています。さらに、<わたし>は、たとえ実態がなくなった後でも、<あなた>に名前を呼ばれるたびに蘇るのだと言います。つまり、王子さまのバラは、花びらを落とした後も「ぼくのバラの花」であり続けるのです。標本箱のアオスジアゲハは、私が幼虫から飼育し展翅した個体です。「わたしのアオスジアゲハ」が羽ばたくことはありませんが、その名前は、私にとってかけがえのない個体であることを、これからもずっと伝えてくれるものなのでしょう。
阪内 香 (研究員)
表現を通して生きものを考えるセクター