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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2024.09.18

ゆったりをありがたく思いながら

毎日の通勤から自由になって、大きく変わったのは朝の時間の過ごし方です。現役の頃は、眼を覚ましてまず考えるのはその日の仕事のことでした。朝は、慌ただしく出かける準備をする時間であり、朝食も食事をするというよりは、体に必要なものを取り入れるという感じでした。

今は、朝は朝としての時間になりました。と言っても特別なことがあるわけではなく、ラジオのニュースを聞きながら、家中の窓を開けて新しい空気を吸い、台所を整えたり、洗濯機を動かしたりと居住空間をつくります。

新聞を読みながら朝食をとる時には、ラジオは音楽番組になっています。日によって、出かけたり出かけなかったり。〆切の迫った原稿がある時もあって、そこからは仕事モードになるのですが、朝にゆったりとした時間が持てるのは、気持ちが落ち着いてよいものだと思います。

現役の方たちの朝はバタバタでしょう。小さなお子さんがいらしたら大変。朝食もそこそこに、保育園行きの準備をしながら自分の支度も……。これを若さと言ってしまえばそうなのですが、こんな時に少しゆとりを持てるような社会になっていると、皆さんが考える社会のありようも変わってくるのではないかと思うのです。

追いまくられると、競争に勝たなければならないという気持ちになり、何をやるかということより、勝つことが大事になります。今の社会はそうなっているように思います。ニュースでは、貨物列車の車輪に車軸を通す作業での不正に対して、担当者が「やり直すとお金と時間がかかるので」とデータ改ざんの理由をさらりと語っていました。同じようなことが多くの職場で起きています。私たちは間違った方向に向かっていないでしょうか。

新聞の一面には、東電福島第一原発2号機でのデブリの微量採取(3グラム以下)の様子が書かれています。その脇に、堆積しているデブリが880トンとあります。ゆっくり読んで考えても、この先どうしたらよいのか、答えは出てきません。東電の責任であることはもちろんですが、それだけではすまされないでしょう。こんなことに関わってはいられない忙しさの中にいる人ばかりと言っていてよいのかしら。ここでも疑問がわきます。

朝はゆったりできることにはなりましたが、のんびりとは行かず、生命誌を何とか生かしたいと考える日々です。
 

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶