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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2024.07.02

DNAはまほう

現在のようにすべてが混沌としている時には、原点に戻ることが大事です。「生命誌」について考える日々の中で、時々、この道に入るきっかけとなった大学三年生の時のDNA二重らせんとの出会いを思い出します。70年近く前のことで、DNAの存在を知っている人が日本中で何人いただろうかと言う時代です。もしあの時の出会いがなかったら何をしていたか。まったく分かりませんけれど、「生物学」の世界に入ることはなかったでしょう。

今では、生きものの話には必ず出てくると言ってもよい、誰もが知っているDNAになりました。でも、本当に理解されているだろうかと考えるととてもあやしい気がします。これからは、「生きものである人間」として生きる社会を作る必要がありますから、誰もがDNAの本質を理解していることは大事です。そこで、絵本作りに取り組みました。とっても難しい。一通りではありません。

DNAの本当の意味を表現する言葉は何だろうと考えました。もちろん親から子へと“つながる”、時々起きる変異による進化も大事なので“かわる”も意味があるなどなど、DNAの特徴を示す言葉はたくさんあります。研究が進むほどに、環境に対応してさまざまな調節をしながらしなやかにはたらく様子も分かってきましたので、“しなやか”も必要になります。だんだん複雑になってきて、難しさは増すばかりです。

そこで原点に戻ると、40億年ほど前に「DNAを遺伝子とする細胞」が生まれて以来、DNAは“自分とまったく同じものをつくる”と“時々かわる”ということだけを続けてきて、基本はまったく変えずに多様な生きものの世界をつくってきたということが見えてきます。二重らせんには「基本をまったく変えないで続く」秘密があるのです。よくぞこんなものが生まれたものです。奇蹟とも言えますが、絵本なので“まほう”にしました。「一創造百盗作」という大野乾先生の名言がありますが、盗作ではなく「一創造百変奏」かしらと考えています。 いずれにしても、数千万種とも言われる多様な生きものを生み、40億年続いてきた“まほう”に改めて感心しています。

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶