RESEARCH
緩やかに細胞の分化が進む
哺乳類の初期発生
母体の中で育つ哺乳類の発生過程は、未知の部分がたくさんある。私たちは初期に生み出された細胞たちが、将来の胎児のどこをつくるかという運命決定がどのようになされるのかに注目し、観察が難しい子宮の中の細胞の動きを「観る」技術をつくり上げてきた。
1.受精卵から体がつくられる
多細胞動物の受精卵は細胞分裂を繰り返して個体をつくり上げる。一つの細胞がどのようにして多様な細胞を生み出し、種ごとに固有の形をつくるのか、この過程にはまだ答えられない謎がたくさんある。
両生類のカエルでは、細胞が2個のうちから、どちらの細胞が将来の左半身または右半身をつくるかが決まっていることが昔から知られている。受精卵の中に将来の体の軸や細胞種に関する情報があり、受精が始まると同時に細胞の運命が決められていくのだ。一方、哺乳類のマウスでは、細胞が2〜8個の時期に一部の細胞を取り除いても正常な個体が生まれる(図1)。カエルでは将来体のどの部分をつくるかが細胞ごとに決まっているのに対し、マウスではそのような決まりがないように見える。
(図1) マウスの胚の操作実験
哺乳類のマウスは、初期のうちなら胚の一部の細胞を失っても完全な個体をつくることができる。
しかし哺乳類の細胞は調節性に富むという側面をもつ。つまり上の結果は、マウス胚が細胞を失うという事態に柔軟に対応した結果であり、本来あるはずの細胞の運命が見えなくなっているだけかもしれない。答えを知るには、正常な発生の中で細胞がどのように挙動するのかを見る必要があるのだ。
哺乳類は母体の中で胚が育つため、正常な発生に関する知見が意外なほど不足している。私たちは、直接観察できないその過程をまずは「観る」ための工夫を重ねてきた。哺乳類の丸い受精卵から、どのようにして体の軸や形が生まれてくるのかを明らかにしたいと思っている。
2. 細胞の時間を追う
マウスの初期発生は下図のように進む(図2)。哺乳類の発生の特徴は、一つの受精卵から将来の身体となる細胞と、胎盤となる細胞を両方つくることだ。その役割分担は胚が経験する最初の細胞分化でもあり、3.5日目頃からみられる「栄養外胚葉」の細胞とそれ以外の細胞(内部細胞塊)の振り分けで決まる。母体とつながる細胞を予め準備した胚は、着床後に本格的な形づくりを始める。
(図2) マウスの初期発生
細胞の運命を知るためには、どれくらい時間を超えた解析ができるかが鍵となる。細胞を追跡する方法として、注目したい細胞を色素でマークして区別する方法があるが、この方法では細胞分裂が進むにつれ、1細胞あたりの色素が薄まって追跡できなくなってしまう。そこでマウスのゲノムに大腸菌由来の糖分解酵素をつくらせる遺伝子配列を組み込んだ、レポーターマウスの実験系を確立した。組換え酵素をはたらかせることで、標識した細胞自身がゲノム上での遺伝子組換えによって大腸菌由来の糖分解酵素をつくり、青色に変化する。これなら細胞が増えても標識した細胞の色が薄まることはない。
このマウスで2細胞期の細胞の1つを標識して母体に戻し、約8日後に、標識細胞に由来する細胞が胎児のどこへ動くのか調べると、胎盤や胎児の身体へとランダムに散らばっていた(図3)。2細胞期の子孫にあたる細胞はどちらも特定の体の部分をつくるわけではなく、互いに混ざり合うのだ。
一方で4細胞期の標識では胚によるばらつきが大きく、標識した細胞が身体にならず全て胎盤になる、またはその逆になるという極端なパターンが一定数みられた(図3)。4細胞期には、胎盤あるいは身体になることが既に決められた細胞があるのかもしれない。これを確かめるために、4細胞全ての挙動を同時に追跡しなくてはと考えた。
(図3)定まらない細胞の行く末
2細胞期に染色した細胞はほとんどが胎児の身体・胎盤全体に分布したが、4細胞期に染色した細胞は将来の分布に偏りが見られる場合もあった。
(図4) ランダムに分布する細胞
4細胞期の細胞の一つを標識し、8.5日目に回収した胚。この胚は、標識細胞に由来する青い細胞が胎児の身体や保護膜、胎盤にランダムに分布した。
3.マウスの胚に光を当てる挑戦
そこで私たちは全細胞の核が蛍光タンパク質で標識されたマウス胚を使って、胚の培養温度や観察光などの条件を緻密に調整して子宮の環境を再現し、子宮外でマウスの着床前の胚の一連の細胞の動きを撮影することに初めて成功した。
細胞の動きをありのまま観る手法をつくり上げたことで、細胞が配置換えを行う様子や、細胞分裂の瞬間に核が弾けるように離れる様子など、初期発生のダイナミックな細胞の挙動を世界で初めて目の当たりにすることができた(動画1)。
(動画1) 細胞分裂を繰り返すマウスの受精卵(逆再生)
細胞の核を蛍光タンパク質で可視化している。この映像は胚盤胞が出来上がるまでの過程を逆回しにして再生しており、胚盤胞の細胞が初期のどの細胞に由来するのかを遡って追跡することができる。
カエルや魚類の受精卵は細胞間で分裂が同調するため、2、4、8個…と細胞が倍々になるのに対し、マウスでは細胞ごとに分裂のタイミングがばらつくため、3細胞期や5細胞期が存在する。ここから、マウスでは先に生まれた細胞が将来の身体に、後に生まれた細胞が将来の胎盤になるのではないかという説があった。
そこで将来の胎盤(栄養外胚葉)と身体(内部細胞塊)の分化が明確になる胚盤胞の全細胞について、4細胞期のどれに由来するのかを、映像を逆回しにして一つひとつ手作業で特定していった。結果、4個の細胞に由来する細胞はどれも胚盤胞にランダムに分布していた(図5)。先に生じた細胞だからといって身体になるわけではないのだ。
以上の結果から私たちは、基本的には4細胞期までの細胞の運命に差はなく、各細胞が将来の身体のどの部分をつくるかはもちろん、身体になるか胎盤になるかさえ定まっていないのだという結論に達した。
(図5) 最初の役割分担でのばらつきは
胚盤胞を形成する際に、将来の胎盤と身体の細胞が振り分けられる。この胚では、4つの細胞に由来する細胞は、胚盤胞に偏りなく分布した。細胞の番号は分裂によって生じた順番。
4.細胞の運命は居場所が鍵
細胞の運命が決まるとしたら8細胞期以降ということになるが、それは一体どのようなきっかけで始まるのだろう。分子レベルでの追跡からこの謎を解くヒントが得られた。
マウス胚では8細胞期以降、細胞が互いにくっつき合って接着を強化する「コンパクション」という現象が起きる。この後、細胞がまとまって胚の内と外の区別が明確になり、胚盤胞の形成に向かう。近年、コンパクションを経た胚では、一部の細胞を栄養外胚葉に分化させる遺伝子がはたらき始めることがわかってきた。栄養外胚葉への分化が起きる現場を捉えるため、私たちはその遺伝子の一つCdx2に着目し、この遺伝子のはたらきを蛍光タンパク質GFPで可視化したライブイメージングに成功した。するとCdx2は胚の外側ではたらき始めることがわかった(動画2)。
(動画2) Cdx2のはたらきで捉えた細胞分化
Cdx2のはたらいている細胞をGFPで可視化した。緑の細胞でCdx2がはたらいている。細胞の核を赤色で示す。
胚の外側のCdx2がはたらく細胞は栄養外胚葉(将来の胎盤)に分化し、内側に残された内部細胞塊が、将来の身体に分化する。
撮影:豊岡やよい(基礎生物学研究所)
驚いたことに、胚の細胞を強制的にバラバラにしてつくった小さな胚でも、外側の細胞だけでCdx2がはたらき始める。つまりこの遺伝子がはたらくきっかけは、ある時期に胚の外側に位置しているかどうかであり、それ以前に身体(胎盤)になるべき細胞が決まっているわけではないのだ(図6)。
(図6) Cdx2が細胞の運命をきめる
この過程を観察する中で、興味深い現象を捉えた。当初は外側にありCdx2がはたらき始めた細胞が、内側へ動く場合があるのだ(図7)。こうした細胞を注意深く観察すると、Cdx2の発現が消え、その後周囲と全く同じ性質を獲得していくことがわかった。一度胎盤の役割を担いかけた細胞が、その履歴に囚われることなく、位置に合わせて身体側に性質を転換させたのだ。
(図7) 外から内に動いた細胞の運命は?
Cdx2のはたらいている細胞をGFP(緑)で可視化した。細胞の核を赤色で示す。胞の動きを追跡すると、外側にいた細胞が時として内側に動くことがわかった(右写真)。この細胞は後に、周囲と同じ性質を獲得した。 撮影:豊岡やよい(基礎生物学研究所)
なぜこのような細胞の入れ替えが起こるのか、まだ答えはもっていない。たまたま外側にいた細胞が内に押しこまれただけという可能性もあれば、胎盤側と身体側の細胞数のアンバランスを防ぐため、胚全体で調整が行われている可能性もある。少なくとも細胞の分化が、私たちが考えていたほど厳密な一方通行でないことは確かである。哺乳類の発生では、最初に決められた運命の通りに細胞が動くわけではなく、試行錯誤のような過程を交えながらその場の位置や状態で各細胞の役割が決まっていくようだ。
5.休眠という戦略
通常、胚盤胞となった胚は子宮への着床に進むが、着床せずに胚盤胞の段階で発生が停止する場合があることが知られている。これは「発生休止」あるいは「胚休眠」と呼ばれる現象だが、恒温動物において、休眠中の胚がいつ・どのような状態で発生を停止しているのかは不明だった。
私たちの観察技術を応用し、休眠する胚を捉えることができた。胚が休眠に入るときは、一斉に胚の活動が停止するわけではない。内部細胞塊と遠い側の細胞から細胞周期が停止し、数日かけて胚全体が細胞分裂をストップする(図8)。
(図8) マウスの胚が休眠に入るようす
胚は成熟胚盤胞にみられる細胞の分化状態を保ったまま活動が停止する(図9)。観察に成功した少なくとも1週間は分化状態を保っており、休眠を解けば再び正常に発生することがわかった。
(図9) 休眠中のマウスの胚の細胞の状態
胚休眠は母親が授乳中・飢餓などの場合や特定の季節が来るまでの間、子宮や卵の中で発生を停止させる現象で、哺乳類・有袋類などで広くみられる生存戦略である。哺乳類では母親由来のエストロジェンやプロジェステロンなどのホルモンがその調節を担うと考えられている。休眠胚に対しては子宮が着床を拒んでいるようにも見え、母親に由来する因子が胚に作用した結果ではないかと考えている。
6.細胞から子宮へ
哺乳類の形づくりが本格的に始まるのは胚が子宮に着床した後だが、これまでの私たちの研究から、着床前の胚にも、試行錯誤を伴う細胞の振り分けや休眠といった複雑な過程があることがわかった。まだ形も見えない胚が、柔軟な役割分担のしくみや生存戦略をもつことに驚かされる。
哺乳類の緩やかな発生を支えるものとして、現在は子宮に着目している。子宮の壁は着床の前にダイナミックに形が変わり、壁を伸ばして子宮に到着した胚盤胞を包み込む(図10)。子宮はただの空間ではなく、受精卵に能動的にはたらきかけて発生を助けるのだ。
(図10) 母親マウスの着床前後の子宮の変化
妊娠したマウスの子宮は、胚が接近してくるにつれ、壁の形が変化する。将来、胎児の胎盤とつながる子宮間膜の側から伸びた子宮の壁が、胚をキャッチして着床させる。
着床した胚は母体から栄養をもらうため、子宮の血管がある「子宮間膜」側の壁に胎盤をつくる。身体をつくるのは胎盤の反対側だ。この子宮内での位置が、体の軸を形成する基準になっているのではないかと現在では考えている。なぜ胚が正確な向きに胎盤と身体をつくれるのかは全くの未知の世界だが、胚にとって心地の良い向きというものがあるのかもしれないと想像している。発生という現象を観ることを通して、胚と子宮が一体となって進む哺乳類の発生を追っていきたい。
藤森俊彦(ふじもりとしひこ)
京都大学理学部卒業、理学研究科生物物理学専攻博士課程修了、京都大学博士(理学)。米ハーバード大学博士研究員、大阪大学細胞生体工学センター助手、京都大学医学研究科助教を経て、2008年より基礎生物学研究所初期発生研究部門教授。