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Special Story

バクテリアから生きものの基本を探る

ひとつの大腸菌まるごとを知る:石浜 明

大腸菌がもっている約4000個の遺伝子は、いつどのようにして働いているのだろう。こんな問いはゲノム時代だからできるのですし、また、それを解かなければゲノム科学になりません。遺伝子の働きの始まりはRNA合成(このRNAがタンパク質をつくる)ですから、まずはRNA合成酵素の働きを徹底的に追いかけよう。それがひとつの大腸菌の全部を追う方法と考えての挑戦です。ところで、自然に近い状態では、培養中のバクテリアの一つ一つの細胞に個性があるという思わぬことが見つかりました。各細胞の遺伝子の働き方を比べて、まるごと生きることの中での多様性の姿に迫れそうだということも見えてきました。

働く遺伝子はどのように選択されているのだろう

大腸菌ゲノム(464万塩基対)の全配列が決定され、遺伝子は約4000個と推定されている。一方、実験室で培養した大腸菌の全タンパク質は、約1000種類程度である。残りの約3000は、本当に遺伝子なのか偽遺伝子なのか。もし遺伝子なた、条件のより培養では働かないが、自然界の悪い環境下で働いていることも考えられる。

では、実験室で培養した大腸菌で働いている1000の遺伝子は、ゲノム全体からどのような仕組みで選択されるのだろう。20世紀の分子生物学は、個々の遺伝子の働く仕組みと制御機構の基本は明らかにした。しかし部分の知識を集積するだけでは、ゲノム全体の中でどの遺伝子が選択され、どの程度働くのかは説明できない。全体の制御を解こうと研究を重ねるうちに、遺伝子からメッセンジャーRNA(mRNA)をつくるRNAポリメラーゼ(RNA合成酵素)の細胞無いでの数が2000しかない(4000ではなく)ことがわかった。どの遺伝子が働くかは、ゲノム上のどの遺伝子にRNAポリメラーゼが分配されるかということで決まると考えてよかろう。

RNAポリメラーゼは、DNAの塩基配列を写し取りながらRNAを合成(転写)する基幹部分(コア酵素)と、DNAの転写開始シグナルを認識する部分(シグマ因子)からなる。大腸菌では7種類のシグマ因子があるので、シグマ因子がついた酵素(ホロ酵素)は7種類あり、それぞれ転写をする遺伝子が違う。これらホロ高度の細胞内濃度が増殖環境に応じて変動するので、その時々によって働く遺伝子が変わることになる。培養条件を変えると、RNAポリメラーゼの分配様式は急激に変化し、その結果、働いている遺伝子の組み合わせが大幅に変わって環境適応ができることがわかったのだ。

ホロ酵素は、さらに多数の転写因子と呼ばれるタンパク質と相互作用をして、2段階目の機能分化をする。大腸菌には、DNAに結合するタンパク質が約350種類あるが、そのうちの約100~150種類(転写因子)は、RNAポリメラーゼに直接接触して転写を調節している。2000個のコア酵素は、シグマ因子と転写因子の結合という2段階のタンパク質相互作用でさまざまな転写装置に分化している。転写装置の種類と量に応じて、どの遺伝子がどれだけ働くかが決まっていることがわかった。したがって、シグマ因子と転写因子の細胞内濃度を知り、それらがつくる転写装置が読み取る遺伝子が同定できれば、ゲノム全遺伝子の働き方がわかってくるはずである。

2000分子の転写装置が、4000ある遺伝子のどれに分配されるかで、働く遺伝子が決まっている。環境の変化が起きると、転写装置の再分配が起こり、働く遺伝子が変わる。

自然界で働く遺伝子の探索

自然界では4000の遺伝子がどのように働いているのだろう。それを知るために長時間培養し、遺伝子の働き方を追う研究が始まった。すれに数年間培養を続けた例もある。

実験室で、まず少量にバクテリアから培養を開始すると、対数増殖をし、養分が不足すると増殖が停止し、定常状態に入る。この時多くのバクテリアは死滅しているのだが、この場合、自殺遺伝子ともいえる遺伝子を働かせて積極的に死に、残りの細胞に栄養を供給していることがわかってきた。バクテリアのアポトーシスだ。養分不足の定常期は自然状態に近いはずなので、この間の遺伝子発現の全体像を見るために、二次元電気泳動による全タンパク、DNAチップによる全mRNAの解析をした。すると通常の培養では働いていなかった多くの遺伝子の産物が検出された。定常期、つまり外から見ると細胞数が一定に見える間も働く遺伝子は時々刻々と変化しており、じつはとても動的であるようだ。この時の変化はどこか多細胞生物における分化に似ており、とても示唆的だ。

バクテリアの研究は常に細胞集団を対象にし、そこにある一個一個の細胞は皆同じと見てきた。ところがバクテリアの遺伝子変異の速度は意外に速く、培養している間にもゲノムには変異が蓄積している。また環境変動にバクテリアが集団として適応する際にも、細胞ごとに役割が違うようである。精度の高い分析法を開発し、一つ一つの細胞での遺伝子の働き方を調べる必要があるわけだ。分子レベルでは「部分から全体」を構築する試みが始まっているが、細胞レベルでは「集団から個別」を知る研究が必要となってきた。20世紀の研究をリードした「大腸菌分子生物学」は「大腸菌細胞生物学」となって21世紀も研究をリードできると考えている。 

転写装置の違いがどの遺伝子が働くかを決めている。転写装置は1000種類近くあり、それはRNAポリメラーゼコア酵素と7種類のシグマ因子と100~150種類の転写因子が組み合わさって生じる。

定常期の大腸菌一つ一つは、同じ状態を維持しているのではなく変化しており、集団として、まるで多細胞のようにお互いが助け合っている。

石浜 明

(いしはま・あきら)

1938年名古屋市生まれ。名古屋大学理学部卒業、金沢大学医学部付属癌研究施設助手に。京都大学ウイルス研究所を経て、84年より国立遺伝学研究所教授。87年より分子遺伝研究系・系長。2001年より副所長。大腸菌、ウイルス、分裂酵母など、一貫してRNAポリメラーゼを研究。

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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