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Special Story

縄文人は何を食べていたか
— 新しい科学が明らかにする日常

安定同位体で古代人の食生態変化を読む:
南川雅男

巨大遺跡の発見などで,縄文人の生活についてさまざまな推理がなされているが,古代人が実際どんな生活をしていたのかは,その人自身に教えてもらうのが一番ではないだろうか。

われわれは,安定同位体を用いて食生態を調べる方法を開発した。空中にある炭素と窒素には,必ず通常のものより少し重いもの(安定同位体)が混じっている。生物が体内に炭素や窒素を取り込む時,その生物によって安定同位体を取り込む割合が異なっている。したがって,人間の体(われわれは毛髪を用いている)を分析すると,食物として取った植物,動物,魚,穀類の割合がわかるのである。この方法を古代人に応用しようと考えた。古代人自身に教えてもらうとはこのことである。

掘り出した古人骨に残っているタンパク質の一種,コラーゲンを取り出して,その炭素や窒素の同位体組成を分析したのである。古代に適用するためには,当時の食物の同位組成を知る必要がある。遺跡から出土する獣骨,魚骨,植物破片の分析と,現存の野生動植物の分析結果を照合して,先史時代の食物資源の同位体分布を復元し,これと人骨の分析結果を照合したのである。

私は,これまで世界の先史人骨を280点あまり分析してきたが,日本列島の先史人(縄文人や弥生人)には際だった特徴がある。まず,縄文時代,同じ遺跡に埋葬された人々は,2,3の例外を除き,皆ほとんど同じ食生活をしていたことがわかった。ところが,同時代でも地域が異なると,食物資源の利用のしかたがまったく違っていたらしいのだ。すなわち,北海道は海産物主体,本州・九州の海岸地方では植物・動物・魚介類の混合利用,本州の山間部では植物主体と,地域や生態系の違いにより,まったく異なった食生活を送っていたことがわかる。

現代日本人の食生活は多様化したといわれるが,同位体組成でみると,日本人全体でみられる個人差は,縄文人の一つの集団内の個人差とほとんど変わらない。日本列島全体でみると,縄文時代の食生態の地域差は,今と比較にならないほど大きかったのである。この食生態の多様度は,それぞれの地域生態系への縄文人の適応の結果とみることができる。

ところが弥生時代以降は,この多様さが減ってくる。同位体分析の結果をみると,海産物に強く依存していた北海道を除き,本州以南ではおしなべて植物依存型の食生活の傾向があらわれてくるのである。寒冷化・乾燥化にともなう自然生態系の変化が本州以南で大きく,豊かな資源が消えていったのではないかと想像している。野生資源の種や量の減少は,食生態の変化をうながし,それが栽培,とくに稲作の普及を助ける結果になったのではないだろうか。弥生時代から古墳時代にかけての人骨の同位体分析例が増えれば,この仮説を検証できると思っている。

古代人に教えてもらいたいことはまだまだたくさんある。それは,過去を知るだけでなく,私たち自身の食生活や,自然との関係など,未来を考える素材を手にしたいからである。

採集狩猟時代のおもな食料源の13Cおよび15N濃度の分布範囲と,さまざまな地域の先史集団の骨コラーゲンの同位体比から推定した食物の13Cおよび15N濃度の分布(平均値)。

(みながわ・まさお/北海道大学大学院地球環境科学研究科教授)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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