Special Story
縄文人は何を食べていたか
— 新しい科学が明らかにする日常
動植物の遺体や動植物を材料とした製品が,そのままの形で遺跡から出土するケースはごく稀である。土器や石器に何かが付着していても,その土器で煮たもの,石器で切ったものを知ることはできないと考えられていた。長期間埋蔵されたタンパク質・炭水化物(糖質)・脂肪(脂質)などの有機質は,圧力・水分などの物理的作用や,土中に棲む微生物によって分解し,残らないとされていたからである。
しかし,1979年以来,微量の有機質は,比較的安定した状態で残存することが判ってきた。なかでも,脂質は長い年月を経過しても変化せずに,もとの化学組成を保持し続けるのである。
すべての動植物は脂質をもっており,その主成分である脂肪酸の割合は,動植物の種によって少しずつ異なっている。そこで,この脂肪酸の化学組成の違いをいわば指紋として使おうというのが,脂肪酸分析法である。考古学資料に残存している脂肪酸組成を分析し,現生の動植物や絶滅した動植物の脂肪酸組成のデータベースと照合すれば,それが何であったかを特定できる。さらに超微量含まれる糖脂質の分析をすることで,より正確に種が割り出せるのである。
全国の縄文の遺跡からは,その形や成分から「クッキー」「パン」「カリントウ」ともいえる炭化した加工食品が見つかっている。
①押出遺跡から出土した「縄文クッキー」
②人路土場遺跡から出土した植物性加工品
古代人の生活の様子は,石器や土器,獣骨,加工食品の炭化物,糞石(大便化石),墓穴などに残っており,これらの脂肪酸を分析することで,古代人がどんな環境で何を採取し,何を栽培・貯蔵し,どんな調理加工を行なったかの追跡が可能となったのである。
山形県・押出(おんだし)遺跡(縄文前期,約5000年前)からクッキー状の炭化物が出土した(写真①)。この立体的な装飾を施した「縄文クッキー」を残存脂肪酸分析法で分析すると,クリ・クルミの粉に,シカ・イノシシ・野鳥の肉,イノシシの骨髄と血液,野鳥の卵を混ぜ,食塩で調味し,野生酵母を加えて発酵させていたことがわかった。これには,木の実を主体にした「クッキー型」と動物を主体にした「ハンバーグ型」のものとがあったが,どちらも栄養価は100g当たり,400~500Kcal。成人男子のカロリー摂取量が1800Kcal/1日だとすると,25~30gの縄文クッキーを1日12~16個食べればよいことになる。さらにその栄養成分を街で買った普通のクッキーと比較したところ,縄文クッキーのほうが,タンパク質,ミネラル,ビタミンが豊富で,栄養学的には完全食に近く,保存食としてもなかなかのものだった。
脂肪酸分析によって明らかになったのは,思いのほか豊かな縄文の食生活だったのである。
押出遺跡のクッキー状炭化物と現代のクッキーとの栄養成分比較。
(なかの・ますお/帯広畜産大学生物資源科学科応用生命科学教授)
※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。